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伴名練が語る、SFと現実社会の関係性 「大きな出来事や変化は、フィクションに後から必ず反映される」

11/12(火) 10:21配信

リアルサウンド

 SF短編小説集『なめらかな世界と、その敵』が異例のヒットとなっている、伴名練インタビューの後編をお届けする。前編ではSF論を中心に語ってもらったが、後編ではさらに社会とSFとの関わりについてなど、視点の広い話を展開してくれた。SF作家ではない吉屋信子からの影響など、意外な一面(?)も披露してくれ、伴名練という作家の多面的な側面を知る機会となった。

■女性主人公が多い理由

――今回の本には6本の短編が収録されていて、それぞれ作風も文体も異なります。伴名さんが本来一番得意な作風は、この中から選ぶとしたらどれなのでしょうか。

伴名:書簡形式の「ホーリーアイアンメイデン」は書きやすかったですね。このスタイルだとエピソードをどんどん詰め込むことができるからです。通常の一人称や三人称文体の小説はエピソードやアイデアを次々に放り込んでいくのは難しくて、例えば「なめらかな世界と、その敵」は1つのアイデアでなんとか勝負している作品の例です。他にも「ゼロ年代の臨界点」のような特殊形式にすれば多くのアイデアを取り込むことができますね。ただ、ばんばんアイデアを放り込めば、普通の読者にとって読みやすいかというとそうではないので、そこは常に悩みながらやっています。

――「ホーリーアイアンメイデン」は書簡形式ですが、これは『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー(ハヤカワ文庫JA)』で発表された「彼岸花」にも似ていますね。

伴名:実は百合SFアンソロジーの「彼岸花」は、「ホーリーアイアンメイデン」で登場人物に迎えさせた結末が心苦しくて、別の回答に辿り着きたくて書いたものなので、当然似ているんです。個人的には悲劇的だったり嫌な後味の結末の方が簡単に書けるのですが、それは作者の都合でしかない。「ホーリーアイアンメイデン」の登場人物たちにも、もっと別な結末を迎える権利があったんじゃないか、作者としてはそういった可能性を書く責務があるんじゃないか、という思いも、「彼岸花」を書く動機になっています。

――その2作、そして表題作もそうですし「ゼロ年代の臨界点」もですが、女性を主人公にすることが多い印象がありますが、なぜでしょうか。

伴名:デビュー作のホラー小説「少女禁区」は男性主人公でしたけど、最近書くものは女性主人公が確かに多いですね。「なめらかな世界と、その敵」以降、女性主人公が増えてきたように思います。女性二人の話はあるのに男性二人の話がまだないのは、男と男の友情を描くのが気恥ずかしいということだと思います(笑)。

――男性作家にとっては、男の気持ちの方がリアルに書けたりしそうなものですが、そんなことはないんですね。

伴名:男性の友人・知人はほとんど京都大学SF研究会時代の仲間なので、男性の登場人物を書くとその人たちが透けて見えてきて自分で気恥ずかしいんです。伴名練の本を最初に読んでくれるのはSF研の仲間たちですから、本人たちに読まれるとお互いに気まずいというか(笑)。

――なるほど、そういう事情があるんですね(笑)。「ゼロ年代の臨界点」を読んで面白いと思ったのは、あれは架空の日本のSF史を書いたものですが、日本のSFの祖が女性であるとしていた点です。

伴名:いわゆるSFの祖は、メアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』と言われていますから、もしかしたら日本でもそんなルートもあり得たのではないかと思ったのが発想の起点です。また、自分が吉屋信子の作品集『花物語』に影響を受けているのもあります。あの本は、序盤こそ、女性たちどうしの憧れや思慕のエピソードを書いた、イメージ通りの少女小説なのですが、後半からは女性が社会で受けている抑圧などが書かれた、フェミニズム的な要素を含むものになっていくんです。そういう意識というか、男性社会に対する反発心めいたものに、知らないうちに影響を受けている部分もあるかもしれません。

――旧来の男性的な、いわゆるマッチョイズム的なものはあまりお好きではないということですか。

伴名:そこは難しいところで、誰かが誰かを救う話を書きたい時が度々あって、でも、それはある程度ヒロイズムとかマッチョイズムの要素が入らざるを得ないと思うので、その真芯からいかに遠ざかるかを懊悩しながらいつも書いていますね。何かを助けるために、いろんなものを犠牲にしないといけないことは確かにありますけど、それを書く時に、いかにもマッチョな話になるのは避けたい。男性である自分が、女性主人公を書くことが増えてきたのも、年齢の高い主人公をあまり書かないのも、作者自身から遠い主人公に決断を託したい、マッチョイズムを少しでも減殺したいという意図もあるように思います。

■SFは現実に応答すべきか

――書き下ろしの「ひかりより速く、ゆるやかに」を読んだ時、現代社会とシンクロしている部分がかなりあると感じました。物語内で、新幹線内部の時間の経過が遅くなる事件が起きたその5年後に、それをモチーフにしたフィクションが流行するくだりが象徴的で、この5年という歳月から、3.11から5年後に『シン・ゴジラ』と『君の名は。』が大ヒットしたことを連想しました。

伴名:関連性はゼロではないです。5年という数字が一番切りの良い数字だったというのもありますが、やっぱり、多くの人にとって、大きな出来事を咀嚼するためには少なくともそれくらいの時間が必要なんだと思います。2011年の震災後すぐに、SF界でも震災を意識した作品が幾つか発表されたのですが、当時は読者からの反発も結構あったんです。

――それは、「不謹慎だ」みたいな反発ですか。

伴名:不謹慎への批判というより、SFという未来を見つめるジャンルが現実や現代に気を尖らせ過ぎる必要があるのか、という感じでしたね。人によってSF観も違えば、現実を受け止めるのに必要な時間の長さも違います。『シン・ゴジラ』と『君の名は。』が広範にエンタメとして受け入れられたのも震災の5年後だったわけですから。ただ、日本のSF第一世代は、敗戦体験を色濃く反映させたSF小説を書いていますし、戦争や震災ばかりでなく、社会に起きた大きな出来事や変化は、SFに限らず、フィクションに後から必ず反映されるものだと思います。

――そういう社会の大きな出来事を題材にしつつ、一方でそれをネタに自分の創作を作ることの罪の意識みたいなものも感じさせる作品でした。個人的にはエンタメとしてそういったものを取り上げることは、人々に忘れさせないためにも大切なことだと思います。でも、そういう葛藤が感じられて、創作者としての誠実さをすごく感じたんです。

伴名:社会の大きな悲劇は当然、当事者がいるわけですが、そういった悲劇をフィクションに、それもエンタメのイメージ元にするということは、是非にかかわらずこれまでも行われて来たし、今後も行われ続けるでしょう。そういったフィクションを摂取して、心の傷が抉られてしまった人や悲しみを深くした人も、気持ちの整理がついた人や励まされた人も、両方いると思うんです。そういう人たちのことをずっと考えながら、安易な結論に陥らないように書こうとあがいたので、そう感じて頂けてほっとしています。考えれば考えるほど、作品内で全肯定も全肯定もするわけにいかなくなるんですよね。

――SFが現実に影響を受ける必要があるか、という議論があったというお話でしたけど、名作SFの中には現実社会を見据えて書かれた作品もたくさんありますよね。

伴名:これはすごく微妙な問題で、現実の社会に応答するSFと、そうでないSF、どっちもあっていいと思います。時代によって社会に応答するものが受ける時とそうでない時があると思っていて、伊藤計劃さんが『虐殺器官』を書いて以降、社会に応答するSFが注目された時期がありましたが、一方で現代社会から切り離された純然たるフィクションのSFもあって、自分はどちらかと言うと後者寄りのタイプです。でも、たまに反動で「ひかりより速く、ゆるやかに」みたいなものを書くことがあります。どちらか一方を書き続ける人もいますけど、自分はその両方を行ったり来たりできればと思います。

――今回の本で言うと、書き下ろしの「ひかりより速く、ゆるやかに」は社会に応答した作品で、「なめらかな世界と、その敵」はそうでないタイプになるでしょうか。

伴名:確かに「なめらかな世界と、その敵」は現代社会とは関係なく読めるものとして書いた作品です。ただ、登場人物の台詞をライトノベル的な口調にしているので、古びるのも早いかなと思います。なぜライトノベル口調にしたかと言うと、人物がいろんな世界を行き来するので、ある程度役割語でしゃべってくれないと誰が誰だか読者にとってわかりにくくなるんです。「ひかりより速く、ゆるやかに」は、瞬間最大風速を目指して書いたもので、2019年に最も刺さる物語を、というつもりで書きました。これは真っ先に古びる作品でしょう。メインキャラクター以外の登場人物の下の名前は、彼らが生まれた年の人気の名前のランキングから選んだりもしています。だから、現代の高校生がこの作品を読んだら、自分と同じ名前を持った登場人物がいる確率が結構高いと思います。

――実際、ツイッターの反応でもこの書き下ろしの作品は人気が高いようですね。

伴名:書いている時は、本当にこの作品が受け入れてもらえるのかどうか不安でした。現代社会の要素を入れすぎると説教くさいととられる恐れもありますし。お説教してくる小説は多くの人が好きじゃないでしょうから。

――社会性とも関連する話ですが、今興味ある新しいテクノロジーはありますか。

伴名:今回の本で後悔している点がいくつかあって、その中に「美亜羽へ贈る拳銃」に出て来る車椅子があります。脳をいじれるような未来が舞台なので、本当はもっと発達した身体補助器具があるはずなんですが、今と特に差がないものになっている。物語上、キャラに不便を強いる必要があってそうなっているわけですが、作者の都合だけでこういうテクノロジーの進歩を貧弱な方に設定するのは、SF作家としてあまり誠実な態度とは言えない。そんな反省もあって、身体の障害をサポートする技術について、改めてきちんと向き合って今後の作品にも反映させたいなと思っています。

杉本穂高

最終更新:11/12(火) 10:21
リアルサウンド

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