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帰国子女の私が、日本で感じていた「息苦しさ」の正体

11/12(火) 7:01配信

現代ビジネス

苦い経験

 いまから10年ほど前、大学院の在学中に就職活動をしていた時のことだ。

 私は、面接のためにある企業を訪れた。面接の会場に入り、面接官に向かって最初のあいさつをする。さあ志望動機を話し始めようとしたその時。

グレタさん演説のウラで、日本メディアが報じない「ヤバすぎる現実」

 「君、帰国子女なんだね」

 面接官が言った。

 確かに私はフランスからの帰国子女だ。そのことは履歴書にも書いてある。それがどうかしたのだろうか…? 
 「帰国子女ってさ、謙虚さが足りないんだよね」

 ただ挨拶をしただけなのに、いきなりこれだ。突然のことに、私は面接の初っ端から返答に窮するという想定外の事態に陥ってしまった。

 そんな私を脇目に面接官は続けた。

 「外国語ができるのはいいよ、そういう時代だしね。でもさ、それだけだとダメなんだ」

 履歴書を読んだだけ、私のことをほとんど知りもせずに、面接官はそう言ってさらに私を追い込んだ。

 この時点で、私が統計上、最後に「帰国子女」となってからもうすでに10年以上が経過していた。しかし10年の時を経ても、私は日本社会では相変わらず「帰国子女」であり続けた。

 ***

 「帰国子女」とは誰のことなのか。

 総務省統計局の定義によると〈「帰国子女」とは、「海外勤務者等の子女で、引続き1年を超える期間海外に在留し、年度間に帰国した児童・生徒〉を指す。私は統計上で2回、そして統計には現れないが、大学入学時に1回の計3回の「帰国」を経験した。

 私は現在フランス在住だが、フランスにももちろんいわゆる帰国子女はたくさんいる。彼らはフランス社会において注目されたり問題視されたりする対象ではない。

 実際に、アメリカの中学校に通っていたことのあるフランス人の友人に「帰国子女」という立場であることについて聞いてみると、「海外にいたことは事実だし、英語も話せる。そして実際にフランス社会からズレていると感じることはある。でもそれはあくまで個人的な感覚であって、周囲の人や行政などからそれについて言われたことはない」という。

 一方、日本では、子供の頃に海外に出て、その後、自国に帰るという行為は、統計の上だけの話にはとどまらず、人類学の研究対象になり、様々な研究やフィールドワーク調査の対象になり、エッセイの題材にもなる。ある意味で「特殊」な存在として社会のなかに位置づけられている印象が強い。どのようにして日本社会は帰国子女というカテゴリーを作り出しているのか、自身の経験を振り返りつつ考えてみたい。

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最終更新:11/12(火) 13:10
現代ビジネス

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