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マスコミの罪…薬物乱用の「処罰報道」が、依存症患者に与える苦しみ

11/12(火) 8:01配信

現代ビジネス

「処罰せよ!」と言うことの意味

 最近、元タレントとスポーツ選手が覚せい剤所持や大麻輸入の容疑で相次いで逮捕された。テレビのワイドショーは連日、過去の映像を交えて、知人の「がっかりした」「反省しろ」といった類のコメントを放送している。底に流れているのは「処罰感情」だ。

芸能人が「クスリとセックス」に溺れるまでの全真相

 薬物の乱用は、本人の脳や神経、内臓を侵し、ときには窃盗や暴力などの犯罪を誘発して社会秩序を乱す。だから厳しく罰しなくてはいけない、大ごとだ、といった感情が働いている。私自身も、以前はそのような思い込みをしていた。

 が、しかし、薬物問題でメディアのさらし者になる有名人の多くは「薬物依存症」という疾病にかかっている。病気からの「回復」をどう支えるのか、社会全体で薬物依存のリスクをどう減らすのか、という広い意味での「医療(ケア)」の視点から眺めると、どうもようすが違ってくる。

 私は犯罪行為を擁護するつもりはないが、メディアの制裁的な伝え方は危険だと思うようになった。薬物依存症の人への罵りや「人間やめますか」のような人格否定の表現、親族への執拗なコンタクトなどは本人を孤立させるだけでなく、いま、この瞬間も回復しようと努めている人たちの心をへし折り、逆戻りさせかねない。報じる側は「正しい」と思っていても、逆効果の恐れがある、と感じている。

 認識を改めたきっかけは、今年7月下旬、東京都小平市の国立精神・神経医療研究センター(NCNP)での取材だった。

意外な「依存症」の人々の姿

 平日の昼下がり、広いリハビリフロアで、集団認知行動療法プログラム「スマープ(SMARPP)」が始まるのを待っていた。三々五々、薬物依存症の人たちが集まってくる。ネクタイを締めたビジネスマン、しゃれたパンツスーツの女性にジーンズ姿の若者、中年の自営業者風の人……。現れたのは、ごく普通の人たちだ。

 「荒んだ生活をしている人」という固定観念は打ち砕かれた。この人たちが街に出ても、薬物依存症とは誰も想像だにしないだろう。

 しかしながら、約30人の参加者は、覚せい剤や大麻、あるいは処方薬、市販薬を乱用したことがある。「やめ続けよう」とスマープのプログラムに通っている。

 スマープは、精神科医の松本俊彦氏が仲間と長い歳月をかけて開発したものだ。週1回90分、独自のワークブックで、「引き金と欲求」「あなたのまわりにある引き金について」「合法ドラッグとしてのアルコール」「性の問題と休日の過ごし方」「強くなるより賢くなれ」等々の話題に沿って行われる。1クール24回、半年で修了すると賞状が贈られる。

 ファシリテーターがミーティングの開始を告げ、参加者がそれぞれの近況を話しだす。

 「クスリへの渇望は強いけど、あと2日で保護観察終了なので頑張ります。外で警官が見張っているな、と感じる『勘ぐり』はずっと消えません」

 「痛み、心理的な痛みや、宗教的な痛みも含めて、痛みを通してしか人とつきあえません。わかってもらえないだろうけど。自分は幸せになってはいけない、と思い続けてきました」

 「現在、入院中です。覚せい剤の夢ばかり見ます。毎朝、目が覚めて、そうだここに隠したんだとベッドの下を探します。情けないですね。まさか病院のベッドの下にはありませんよね」

 笑いのさざ波が立った。参加者は「欲求」を包み隠さず、話し合う。

 「昨日、滑りそうになりました。どっと落ち込んで……。それで、山のようにたまっていた経費の領収書を片っ端から整理して、集中して、気持ちを抑えて切り抜けました」

 「滑る(スリップ)」とは断薬中につい覚せい剤を使ってしまうことを指す。それは意志の弱さの一言では片づけられない。精神のもっと深いところから突き上げてくる情動であり、滑らずにはいられない「痛苦」が参加者の語り口から伝わってくる。

 もっとも、スマープに参加すれば依存症が治ると言いたいのではない。それほど単純ではないだろう。ただ、プログラムを通して、当事者と支える医療、福祉スタッフとの距離は確実に縮まっている。

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最終更新:11/12(火) 8:01
現代ビジネス

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