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衝撃の1万7000回転!! 大人気だった250cc4気筒レプリカマシン、ヤマハFZR250ってどんなバイク?

11/13(水) 11:39配信

モーサイ

東京モーターショー2019のカワサキブースにて発表された250cc4気筒モデル「ニンジャZX-25R」が大きな反響を呼んでいるが、1980年代にあっては国内4メーカーがそろって250cc4気筒モデルをラインアップしていた。
2ストロークマシンが絶大な人気を誇っていた1980年代のレーサーレプリカブーム時代に、2ストロークマシンに負けず劣らず人気があったクォーターマルチマシン、ヤマハFZR250とはどのようなバイクだったのか、当時の記事とともにを振り返ってみよう。

【関連画像】ヤマハ・FZR250発売当時のカタログを振り返り!

レーサーレプリカとしては珍しかった250cc4気筒

1986年12月、後に名車と呼ばれるモーターサイクル、ヤマハ・FZR250が発売された。

250cc4気筒=クォーターマルチとしての最初の一台はスズキのGS250FW。1983年の3月に発売されたこのモデルは大きなアッパーカウルが特徴的で、重い車体は俊敏ではなくツアラー的な性格だったといわれる。1983年当時はレーサーレプリカブームという一大ムーブメントが吹き始めた時代。世はレーサーレプリカ一色に染まっており、売上は芳しくなかった。

各社クォーターマルチは存在していたが、そこにレーサーレプリカとして現れたのがこのヤマハFZR250だ。ベースとなったモデルは、クォーターマルチとして超高回転と走りの性能を実現し、最高出力45馬力/1万4500回転を叩き出したヤマハFZ250フェーザー。
そのスタイルは現行モデルにも続くジェネシス思想(※1)に基づき開発された、TT-F1(※2)で活躍したファクトリーレーサー「FZR750」の意匠をくむ丸目二灯のフルカウリングだ。

※1 エンジンから車体、ひとつひとつのパーツに至るメカニズムの全てをトータルパフォーマンスに向けて集約し機能させることで高いマン・マシン・コミュニケーションを作り込む技術思想。

※2 市販車をベースに作り上げられたマシンで競うロードレース。1984年から1993年まで開催された。

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最終更新:11/13(水) 11:39
モーサイ

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