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すばる望遠鏡との30年:天文学者・林左絵子「宇宙の果てを知りたくて」

11/13(水) 15:01配信

nippon.com

板倉 君枝(ニッポンドットコム)

2019年、ハワイ島にある国立天文台の「すばる望遠鏡」は初観測から20周年を迎えた。長年プロジェクトに携わってきた林左絵子さんに、自らの体験を交えつつ、すばる望遠鏡の功績と日本の天文学の進化について聞いた。

2019年9月、観測史上最も遠く離れた最も古い銀河の集まりが見つかった。130億光年かなたにある12の銀河からなる「原始銀河団」の発見には、米ハワイ島にある「すばる望遠鏡」などの望遠鏡が大きな役割を果たした。宇宙年齢が8億年の時代の初期宇宙を知るための「重要な発見」だと報じられている。

宇宙の果てを見てみたい――この夢を実現するために、天文学関係者たちは性能の優れた望遠鏡を開発してきた。ハワイ島マウナケア山(標高4205メートル)山頂付近には、世界各国の天文機関が設置した13基の望遠鏡がある。1999年1月から観測を始めた国立天文台ハワイ観測所のすばる望遠鏡はその一つ。主反射鏡(主鏡)の口径8.2メートルは世界最大級だ。運用20周年にあたる今日まで、宇宙の謎の解明につながる数多くの重要な発見をしてきた。

親に黙って東大を受験

林左絵子さんはすばる望遠鏡の設計段階から関わってきた天文学者だ。理工系に進む女子が極めて少なかった時代に、自ら進路を切り開いてきた女性天文学者の草分けといえる。

「今でも理工系に進む女子学生は決して多くないでしょうが、私が高校生だった頃はかなり珍しい方でした」と林さんは言う。

戦後日本の高度経済成長期に生まれ育った林さんが小学生の時に、強烈な印象を受けた出来事があった――1969年「アポロ11号」の月面着陸だ。「その時の、『人間は力を合わせるとあんなことができるようになるんだよ』という先生の言葉が胸に焼き付いています」

中学、高校では吹奏楽部の活動に明け暮れる一方で、本を読むことも大好きだった。「中学校では、図書室の本を手あたり次第に読みました。まだインターネットがなかった時代なので、他の世界のことを知る手段は本しかありませんでした。中でも、(米SF作家)アイザック・アシモフが書いた物理、科学の解説書シリーズがすごく面白かった」

大学進学を考える時期になると、理工系に進もうと心に決めた。「通っていた高校は男子生徒が8割で、先生は女子を放っておいてくれたから楽でしたね。男子はいい大学、いい会社に就職するために必死になるけれど、当時の女子は幼稚園の先生か看護師になるというのが主な職業の選択肢でした。私は地球物理の勉強をしたいと思っていた。でも、親は女子に高等教育はいらないと反対していました。嫁にいけなくなると心配して…」と笑う。「ただ都合のいいことに、高校の時には親と住んでいなかった。当時は父親の転勤に家族が同伴するのが普通でしたが、私はついて行かなかったんです。だから、親に黙って願書を出しました」

そして東京大学理学部に入学。「でも、職業につながるとは思いませんでしたね。ロールモデルが周りにいないから、将来のことは具体的に考えられなかったんです」

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最終更新:11/13(水) 15:01
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