ここから本文です

ホームレスの人が一番怖いものが「私たち」だって知っていますか?

11/14(木) 7:01配信

現代ビジネス

ネットで噴出した「本音」

 東京・台東区の避難所でホームレスが住民登録がないことを理由に受け入れを拒否されたことは記憶に新しい。この事態は台風による避難勧告が各地に出ていた12日夕方から夜にかけてSNSで拡散。台東区役所へ抗議の電話が相次ぐ事態になった。

警視庁23歳の美人巡査がヤクザに惚れてすべてを失うまで

 翌日には全国紙が報道したほか、Yahoo!  ニュースのヤフートピックスでも取り上げられ、瞬く間に広がっていった。

 台東区職員は「想定していなかった」と弁明したものの、ホームレスの人たちを避難所に入れないことは明らかな差別であり、台東区長が謝罪し、安倍首相も「各避難所は全ての被災者を適切に受け入れることが望ましい」と発言。ホームレス支援団体はその後、台東区に申し入れを行い、区は改善策を講じることを確認した。

 ホームレス状態にある人が受け入れ拒否されたことが現在進行系で拡散し、抗議、謝罪とスピーディに進んだことはある意味、”理想的”な展開だったと言えるだろう。もちろん避難所から追い出された人に何事もなかったから言えることだが……。

 一方でどこか釈然としない思いが残る。今回の件についてはSNSやネット記事のコメント欄などでホームレス状態の人々への否定的な声が並んだ。

 ニュースで報じられる「建前」とネット上の「本音」の間には非常な温度差があり、日常隠されているホームレスに対する嫌悪がおぞましい形で吹き出したようだった。憲法や災害救助法に保障された権利を持ち出しても、人々の中にある「ホームレスは受け入れたくない」という本音は変わらない。そこに蓋をするだけでは問題は根本的には解決しないだろう。

 いったい人々の間には、ホームレス状態の人に対するどのような思いが渦巻いているのか。

ホームレスへの「恐れ」

 ネット等に寄せられている意見は大きく2つに大別されるように思う。1つは「私の隣には来ないで欲しい」という「恐れや不安」によるもの、もう1つは「納税していない彼らに権利はない」というような金銭や生産性という軸で彼らの「いのちを軽視」するものだ。

 まず「恐れ」について考えてみたい。ホームレスの人に対して恐れや不安を感じることは当然のことのように思う。私たちのイメージの中にある「ホームレス」は何日も体を洗えず、汚い身なりをして路上に寝ている人、社会と隔絶したところに生きている存在だ。

 ホームレスの人たちの自立支援のため、街頭で雑誌販売の機会を提供している『ビッグイシュー』という雑誌がある。私もこの雑誌で記事を書いてきたため、知人などに購入を勧めるのだが「怖いから買ったことがない」と答える人もいる。その後買ってみると「全然怖くなかった。話が出来て楽しかった」と言う人が大半だ。実際に出会うことによって「恐れ」はある程度払拭されていくのだということがわかる。

 さらにホームレスの人と関わることになって気づくのが、彼らもまた私たちに対して「恐れ」を抱いていることが多いという事実だ。そもそも今、ホームレス状態にある人の多くは私たちがイメージしがちな路上生活者であることは少ない。多くはネットカフェやファストフード店などで夜を過ごしており、ネットカフェや公園で体を洗い、少ない所持金で新しい下着を買うなど、身なりを気にしている人が大半だ。

 私はホームレス状態にある人を取材する中で「自分が周囲からどう見られているのか」ということに神経をすり減らしている人に多く出会ってきた。「汚れているように見えないか?」「ニオイが気にならないか」と真顔で聞く人もいる。ある若者は「昼間に図書館に行ったけれど目線が気になって出てきてしまった」という。

 彼は身なりも清潔でホームレスであるとは想像しがたいのだが、人と目線が合うだけでおびえてしまうーーその思いは半ば被害妄想に近い。彼のライフストーリーを聞いたところ、学校でいじめに遭い、会社でも人間関係につまずき、リストラに遭うなどした結果、自己肯定感が低いのだということがわかった。

1/3ページ

最終更新:11/16(土) 22:50
現代ビジネス

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事