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「絶対的な真実や正義なんてものは地上にはない」 大切なことを教えてくれたSF小説3選

11/14(木) 7:30配信

Book Bang

 エデンの園にあった禁断の果実は林檎だといわれているが、本当だろうか。知識の実には葡萄のほうがしっくりくると私はずっと思っていた。でもなぜそう感じるのか、自分でも分からなかったが、新潮文庫のマークに由来することに気付いた。初めて自分で買った文庫は新潮文庫だった。北杜夫と星新一。面白くて次々買って全冊読破。さらに北杜夫からは背伸びして辻邦生やトーマス・マンへと読書を広げ、星新一からは小松左京、筒井康隆へと向かっていった。日本SF第一世代の作家たちだ。

 たくさんある好きな新潮文庫のなかから三冊を選ぶのは難しいが、読書案内と追憶を兼ねるなら、まずは星新一の『妄想銀行』をあげておきたい。この本にはショートショート三二編が収録されている。星さんのショートショートはスタイリッシュで読みやすく、宇宙人やロボット、世界の終末や異次元など、突飛な設定があってもすらすら読める。設定の奇抜さや意表をつく展開にもかかわらず、人間の本質的性格や人生の真理に根差しているから、すんなり心に入ってきて腑に落ちるのだ。中学・高校生時代には意外性の高いものや風刺性の強い作品が特に好きだった。それらは今読み返しても面白く、説教臭さが微塵もないのに教訓に満ちている。そして歳を取ってみると、人生の悲哀と暖かさを感じさせる「鍵」や「古風な愛」のような作品が、とても好ましく思える。

 筒井康隆はドタバタ短編も好きだが、『家族八景』には唸らされた。人の心が読める超能力者の七瀬が、お手伝いさんとして様々な家庭を渡り歩く設定で、人間の様々な心理のありようを描き出していた。テレパスが登場するSFは少なくないが、『家族八景』では人間の心象風景の描写がきわめて重層的に精緻に描かれていた。当人も気付かない深層心理や思考と分離された状態でただ放置されているだけの記憶や感情。その記述の巧みさにしびれた。そこには筒井さんのドタバタにも通じる人間の滑稽さや恐ろしさがある一方、後に全面的に展開されることになるマジック・リアリズム的な作品を予感させるものでもあった。七瀬を主人公としたシリーズは『七瀬ふたたび』『エディプスの恋人』と展開していったが、『エディプスの恋人』から『夢の木坂分岐点』や『パプリカ』への距離は案外近い。

 私は多くのことをSFから学んだが、何より大きかったのは、絶対的な真実や正義なんてものは地上にはなくて、時代や立場が変われば善悪も逆転するという相対的な見方を教わったことだ。それを星さんからは世間や自分の感情を一歩引いて眺める視点の大切さとして教わり、筒井さんからは人間心理の重層的な襞とその思わぬ表われを通して学んだ。

 ではもう一人の日本SFの大家、小松さんから何を学んだかというと、「希望」だった。人間はいい加減なもので、社会は欺瞞に溢れているが、それでも希望はあるということ。高所に立って世界を俯瞰していながら、決してニヒリズムに陥らない小松さんが描く作中人物たちは、ともすれば怠惰に流れたくなる私を叱咤激励してくれた(そのわりに怠け者ですけど)。

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最終更新:11/14(木) 11:19
Book Bang

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