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いしいしんじが27の掌編で輝く世界を見せてくれる

11/14(木) 7:00配信

Book Bang

 この世界を輝かせている、ありとあらゆる生命。いしいしんじは、その声に気づき、その声に耳を澄ませ、その声をわたしたちに届けてくれる小説家なのである。

〈この、からだ、というものは本当に自分のものなのか。なにか遠くまで広がる煙の、ところどころ濃くなった部分を、人間という輪郭で囲い、目に見えるからだがあると思いこんでいるだけのことではないか。からだはときどき思いもかけない方向にひらき、そちらから、さまざまな出来事や感覚が先触れもなくやってくる〉(『熊にみえて熊じゃない』)

 エッセイ集にそう記す“不定形”の作家は、だから、聞こえてきた声にあっさり自分を明け渡す。

 牛乳屋の婆さんに飼われていた犬。〈うけては、かえす、うけては、かえす。テニスのこのリズムのなかで〉生きる九十一年の人生をまっとうした男。〈からだからどんどん土がわいてくる〉難病に冒された男と、そんな兄を看る弟。幼なじみの少女と山に入り、それぞれの稜線を越え、ひとつになる少年。銀座通りを疾走する虎。鯨の着ぐるみを着た男を車に乗せてやる老人。自分の身体の、本当のパーツを蒐集する人生を送った男。すっぽんに、湖水の下に広がる宮殿につれていってもらう男。テーブル状の氷山の上に独立国家を作ってしまう〈わたしたち〉。急行列車で、〈短編小説〉と隣り合わせの席になった〈僕〉。京都の百万遍の交差点で、記憶を失い取り戻すいしいしんじ。火山と相撲をとるゴリラ研究の第一人者・山極寿一。〈京都街路チェス選手権〉を戦う朝吹真理子。父親に強いられた結婚から、馬に乗って逃げ出す若い娘。舌がうどんの女。ブルーノ・タウトのスケッチ画と祖父母の縁に思いをはせる〈私〉。二十四時間後の自分がどうなっているかがわかる少年。〈おとうさん〉と呼ばれる、町の名物の生活保護受給者。現代野球に魅了される正岡子規。なかなか帰ってこないユリシーズという名の黒い雑種犬。バリで不思議な少女と出会うカメラマンの男。よそにやられた三匹の子犬を取り戻す母犬。

 などなど、『マリアさま』に収められた二十七の掌篇、二十七の輝き、二十七の声。からだを外に開いた小説家は、それぞれの生命と溶け合い、それぞれのかけがえのない物語を引き出し、融通無碍に語り起こす。小説という〈小さな『窓』〉を開けて、いしいしんじはわたしたちに輝く世界を見せてくれるのだ。それは、すべての命を祝福するマリアの祈りにも似た行為なのかもしれない。

[レビュアー]豊崎由美(書評家・ライター)

新潮社 週刊新潮 2019年11月14日号 掲載

新潮社

最終更新:11/14(木) 7:00
Book Bang

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