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材料と付け合わせ、昭和のハンバーグはこう進化した

11/15(金) 12:00配信

JBpress

 1935(昭和10)年創刊の月刊誌『栄養と料理』(女子栄養大学出版部刊)の2号目から付録についたのが1枚の小さなカード「栄養と料理カード」。健康に留意したおいしい料理が誰でも作れるように、材料の分量や料理の手順、火加減、加熱時間、コツなど納得のいくまで試作を重ね、1枚のカードの表裏に表現。約10×13cmの使いやすい大きさ、集めて整理しやすい形にして発表した。
 この「栄養と料理カード」で紹介された料理を題材に、『栄養と料理』に約30年にわたり携わってきた元編集長が、時代の変遷をたどっていく。
 なお、『栄養と料理』は現在も刊行している(http://www.eiyo21.com)。

【写真】『栄養と料理』1954(昭和29)年2月号の「栄養と料理カード」

 ハンバーグステーキは前回のオムライスと同様、洋食店の定番メニューであり、ハンバーグ専門店もある。冷凍やレトルトの加工食品は「何々亭のハンバーグ」「何々牛100%ハンバーグ」と名のついたもののほか、粗びき、煮込み、チーズ入りなど、多種多様ある。

 肉の種類や副材料の組み合わせによって味わいに変化がつくので、応用自在だ。口当たりがよく食べやすいので、小さな子どもから高齢者まで人気の高い日本の洋風料理である。

 ハンバーグステーキはいつごろから私たちの食卓に乗るようになったのだろう。諸説あるようだが、日本での歴史を江原絢子と東四柳祥子(ひがしよつやなぎ・しょうこ)の共著『日本の食文化史年表』で振り返ると、1895(明治28)年、当時の婦人雑誌『女鑑(おんなかがみ)』に「ハンバグビフステーキ」の調理法が掲載され、1910(明治43)年には京都の西洋料理店「万養軒」で「潰肉牛酪焼(つぶしにくぎゅうらくやき)」(ハンバーグビーフステーキ)が15銭で供されていたとの記録がある。「牛酪」とはバターの意。この和名から当時の料理の内容を推し量ることができる。

 『栄養と料理』では、1937(昭和12)年9月号に「兎肉のハンバクステーキ」が登場する。うさぎ肉をすり鉢ですり混ぜ、タマネギ、卵、食パンを加え混ぜ、メリケン粉(小麦粉)をまぶしてラードで焼いたものだ。付け合わせはカブのバターソテー。現在のものと似ている。

 その後の「栄養と料理カード」などにおける「ハンバーグステーキ」の変遷をたどってみると・・・。

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最終更新:11/15(金) 12:00
JBpress

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