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渡辺智男、石井丈裕、新谷博&鹿取義隆、潮崎哲也、杉山賢人「西武の黄金時代を盤石にした彗星のごときスターター陣&サンフレッチェ」/プロ野球20世紀の男たち

11/16(土) 11:05配信

週刊ベースボールONLINE

プロ野球が産声を上げ、当初は“職業野球”と蔑まれながらも、やがて人気スポーツとして不動の地位を獲得した20世紀。躍動した男たちの姿を通して、その軌跡を振り返る。

ベストナインに8人!球史の中でも最強だった1992年の西武

好投手が続々と入団した黄金期の西武

 鹿取義隆が巨人から西武へ移籍した1990年。巨人で1987年にフル回転で王貞治監督の初優勝に貢献したものの、89年に就任した藤田元司監督が投手の“先発完投”を方針に掲げたことで役割を失った巨人のリリーバーが、その89年に優勝を逃したことで絶対的クローザーの不在を弱点と痛感した森祇晶監督の西武へと移籍したことは、派手なトレードではなかったものの、その後の黄金時代を盤石のものにしていった静かなるエポックといえるだろう。

 同じく90年、ドラフト1位で入団して即戦力となったのが潮崎哲也だった。歴戦のリリーバーも、抜群のマウンド度胸とシンカーが武器の新人も、ともに右のサイドスロー。セットアッパーの潮崎からクローザーの鹿取への継投で、王座奪還へと突き進む西武を支えていく。胴上げ投手となったのは潮崎。24セーブをマークした鹿取は初の最優秀救援投手に輝いた。巨人との日本シリーズでは西武が無傷の4連勝。60年の大洋に続く2度目の快挙で、やはり胴上げ投手となったのは潮崎だった。

 一方のスターターも、続々と好投手が入団してくる。その90年の日本シリーズ第3戦(西武)で、シリーズ初登板初完封で巨人を圧倒したのが、ドラフト1位で89年に入団した渡辺智男。スピードガン以上の球速と言われる快速球を駆使した右腕で、ペナントレースでも開幕5連勝を含む自己最多の13勝、翌91年には防御率2.35で最優秀防御率に輝いている。

 その同期のドラフト2位で入団した右腕の石井丈裕も90年にブレーク。1年目はクローザーと期待されながらも精彩を欠き、先発が中心になると安定感を発揮し始める。初めて規定投球回にも到達したが、層の厚いスターター陣にあって、まだ先発ローテーションの谷間がメーンだった。迎えた92年がキャリアハイ。屈指の制球力とパームボールを武器に、15勝3敗、勝率.833はリーグトップで、タイトルこそ譲ったものの、リーグ2位の防御率1.94をマークして沢村賞、そしてMVPに。ヤクルトとの日本シリーズでも、3勝3敗で迎えた第7戦(神宮)で力投を見せる。岡林洋一との投げ合いは延長戦に突入。10回表の犠飛による貴重な1点を守り抜いて、日本シリーズMVPにも輝いた。

 西武は90年から92年までリーグ3連覇、そして3年連続で日本一。鹿取と潮崎は“ダブル・ストッパー”として常勝チームを支えるようになっていたが、93年からは、鹿取や潮崎とは明らかにタイプの異なる左腕の加入で、まずますリリーバー陣は盤石となっていく。

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最終更新:11/16(土) 11:26
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