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「まるで夜逃げだった」小野寺五典 元防衛相に聞いた議員辞職の夜【井上咲楽の政治家 直撃】

11/17(日) 15:15配信

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「栃木県生まれの眉毛ガール」井上咲楽の政治家対談、今回は、外務副大臣や防衛大臣などを歴任した小野寺五典議員が登場。一度議員辞職を経験してきた小野寺議員にしか語れない、辞職のした日の心情とは。

井上 小野寺さんの出身地、宮城県気仙沼市はどんなところですか?

小野寺 港町という言葉でイメージされる通りの町です。私が生まれ育った地域には小さな入り江に港があって、そこには毎日漁船が出入りしていて、魚市場とそこで働く人たちの活気がありました。本当に漁業が身近な暮らしでしたよ。例えば、秋のサンマ漁の時期になると家の目の前の道端にサンマが落ちているんですよ。

井上 どうして道に魚が落ちているんですか?

小野寺 魚市場を行き来するトラックがカーブを曲がるとき、荷台に満載になっているサンマがワシャワシャと道に落ちるんですよ。今は「サンマが高級魚に?」とニュースになるほど漁獲量が減っているけど、当時は秋の味覚を代表する大衆魚でわざわざ回収する業者さんはいなかった。だから、子どもの頃、私たちは朝起きると「サンマ拾いに行ってくる」と言って家を出て、「おかあちゃん、取ってきた!」と。そういう思い出がありますね。

井上 その気仙沼市を含む衆議院宮城県6区の補欠選挙に出馬されたのが、1997年。

小野寺 そう、37歳のときですね。

井上 初めての選挙で初当選された後、議員辞職されていますよね?

小野寺 40歳になる前、当選から2年ほどの頃だったと思います。これは今だから言えることですけど、初めての選挙であれよあれよと衆議院議員になりました。正直、“こんな風に国会議員になれてしまうんだ”という感覚もあったんです。けれども、やっぱり世の中は甘くないな、と。すぐに奈落の底に落ちることになるわけですから。

井上 公職選挙法違反と聞いています。何が違反になったんですか?

小野寺 初当選の一年生議員で、政治家の振る舞いがよく分かっていなかったんですね。ちょうど夏を前に自民党内で若手議員を対象にした“正しいお盆の過ごし方”という講習があったんです。そこで、「お盆には支援者やお世話になった方々のところを回りなさい」と教わり、その通り地元に戻ると初盆を回りました。亡くなられた支援者の方、お世話になった方に弔電を送り、葬儀に行けなかったお宅にはお線香を自分で持参してご霊前に上げ、ご焼香するという形を取っていたんです。結果として、それが公職選挙違反になりました。

井上 え? お線香を上げるのが?

小野寺 いえ、問題はご焼香ではなく、お線香を持参してお供えすることでした。これが公職選挙法の「寄付行為」に当たる、と。警察から任意で事情を聴かれ、検察の話を聞く中で「確かに、これは違反だな」と思い、議員辞職を決めました。ただ、正直に言うと心の中には、「何で、1000円のお線香を持って何軒かまわったことで、辞職することになるのだろう」という気持ちもありましたね。それでも違反は違反ですから。

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最終更新:11/17(日) 15:15
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