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歌舞伎町で生き残るバッティングセンターの謎

11/17(日) 5:30配信

東洋経済オンライン

 カーン、カキーン……。新宿・区役所通りの一角にそんな音が響き渡る。新宿バッティングセンターである。同店は年中無休で、毎日午前から翌朝空が白むまで営業している。筆者が訪れた18時ころは、若者や外国人、水商売関係者風の男女などでにぎわっていた。

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 バッティングの腕は人それぞれだが、誰もが真剣な表情でバットを振り、ボールをかっ飛ばし(あるいは空振りやボテボテのゴロを放ち)、子どものような笑顔を浮かべる。見学している人々も同様に楽しげだ。

■「歓楽街」「野球」という不思議な取り合わせ

 さまざまな娯楽がある歌舞伎町だが、アナログかつレトロな魅力があり、訪れる人を童心に帰らせるこのような場所は多くない。

 だがよく考えると、「歓楽街」「野球」は不思議な取り合わせに思える。どのような経緯でオープンし、この地に根付くようになったのか。また、利用客はどのような思いで足を運んでいるのか。本社の部長として、同店の運営に15年以上も携わっている村山拓さんに話を聞いた。

 新宿バッティングセンターのオープンは1978年。不動産、飲食などさまざまな事業を展開する新宿メトログループが、娯楽事業の1つとして始めた。なぜバッティングセンターなのか、村山氏はこう話す。

 「弊社には『新宿を面白くする』という企業理念があり、スマートボール(パチンコの前身)のお店や雀荘、キャバレーなどの娯楽施設を運営していました。その一環として、保有している歌舞伎町の土地にバッティングセンターを作ったと聞いています。

 “巨人、大鵬、卵焼き”という言葉がありましたが、当時も野球は大人気。多くの子どもに夢を与えるスポーツでもあったので、じゃあバッティングセンターをやろうよ、となったのではないでしょうか」

 客層は歌舞伎町の関係者が多いのかと思いきや、「全然違うんです」と村山さん。平日の昼から夜にかけては学生や会社員。夜からは水商売や歌舞伎町で働く人、お酒を飲んだ帰りの人、外国人などが増える。土日は野球部やソフトボール部の学生、リトルリーグの子どもたち。レディースデイの水曜日は朝から女性が行列を作ることもあるという。

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最終更新:11/17(日) 5:30
東洋経済オンライン

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