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田舎暮らしに活路を見出した40代の誤算「見つかる仕事は過酷な肉体労働ばかり…」

11/17(日) 8:54配信

週刊SPA!

「居場所がない」漂流サラリーマンの実態

 ますます広がる日本社会の格差。その日暮らしを強いられる年収100万円程度の人たちは、過酷な環境下でどのように過ごしているのか。今回は年齢とともに過酷さが増す中高年のサラリーマンに注目。社内孤立、転職失敗など、中高年たちは働いていても居場所がなく彷徨うケースが増えている。仕事に真摯に取り組む彼らが、なぜ漂流したのか実態を探る。

10社以上を転職漂流した結果、ブラック企業⇒生活保護に

 終身雇用制度が崩壊し、転職をするのは当たり前となった昨今。しかし、千葉県在住の津山敏夫さん(仮名・48歳)は、自らの意思とは裏腹に、ジョブホッパーになってしまった。これまで彼が「漂流」した会社数は10社以上に上る。

 バブル末期の’91年、津山さんは県内の短大を卒業し、大手空調メーカーに入社。保守点検や修理を担う部署に配属された。

「手取りは二十数万円、順調なスタートでした。しかし20kg近い機材を持ち上げることも多く、入社2年目にして椎間板ヘルニアに。営業部に異動になりましたが、慣れない仕事と対人業務のストレスから慢性胃炎で休みがちに……。徐々に居場所がなくなり、12年勤めた会社を依願退職しました」

 再就職に向けて奔走していた’03年、役所で見かけた「Iターンフェア」に吸い込まれ、人生の転機に感じたという。

「担当者さんが親身になって、田舎暮らしの魅力を語ってくれて、物価の安さにも惹かれ決意しました。紹介されたのは愛知県北部にある山間部の工場町、仕事は鉱物採掘工場の作業員で手取りは16万~17万円ほど。無理なく暮らせる額でしたが……田舎特有の派閥や排他的な空気になじめず、半年後にはうつを発症し、退社しました」

転職が積み重なるほど心と体の負担が増した

 田舎の愛知県の山奥では、紹介されるのは過酷な肉体労働ばかり。何度も就職、退職を繰り返す生活が始まる。そして’08年に関東に帰還。37歳だった。

「これといった資格もなく、40歳間近ではハローワークで紹介される仕事も限られる。正社員でも手取りは15万円程度とかで……」

 夫婦2人なので低い賃金でも生活はできた。ただ、徐々に違う辛さが津山さんを苦しめるように。

「長距離の運送会社は月曜から土曜まで車中泊をして、北海道から九州まで回りました。ビルメンテナンス会社では2か月連続、夜勤を課されたこともあります。頑張って応えましたが、やはり40歳を超えた頃から体力的に厳しい……。お願いされたら断れない性格もあって、結果としてパニック障害まで患ってしまいました……」

 ハローワークで紹介される仕事も正社員が消え、派遣に。しかし、これも続かず、45歳を過ぎてガソリンスタンドのアルバイトに。

「10代、20代前半のスタッフに囲まれて、馴染もうとしても『おっさん、使えねぇな!』と罵られるなど、イジメにも遭いました」

 うつ病とパニック障害を患う津山さんは計5種類の薬を処方されている。持病の椎間板ヘルニアもいつ再発するかわからない状態だ。

 現在はバイトも辞め、生活保護を受けながらリハビリの日々を送る。月の収入は生活保護費の16万円、かつての給料と大差ない額だ。

「私も妻も実家が複雑で、頼るべき親族がいない。妻も持病のてんかんが悪化して、日常生活にも支障をきたしています。健康面、経済面ともに不安が尽きませんが、働きたい気持ちはあります……」

 今日も津山さんは、新たな職を探しにハローワークに行く。

<津山敏夫さんの漂流年表>
20歳 短大卒業、大手空調メーカーに就職
32歳 うつを理由に依願退職。愛知県に移住
33歳 うつ再発、ブラック企業を転々とする
37歳 関東に帰還。転職活動は難航
40歳 腰痛が悪化、バイトを転々とする
48歳 バイトも辞め、生活保護の受給開始

<取材・文/週刊SPA!編集部>

―[年収100万円の絶望]―

日刊SPA!

最終更新:11/17(日) 11:34
週刊SPA!

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