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1000試合目のメモリアルマッチでEURO2020出場決定。伝統を重んじる国イングランドに差す未来への希望の光

11/18(月) 21:06配信

footballista

1872年の初陣から実に147年、 節目となる1000試合目を迎えたイングランド代表。メモリアルマッチとなったモンテネグロ戦は、来年に控えるEURO2020出場を決める一戦ともなった。サッカーの母国としての歴史を誇る一方で、1966年W杯以来となる悲願のビッグタイトル制覇で新たな歴史を刻むことが期待されている。記念ゲームを現地取材した山中忍さんにスタジアムの雰囲気と、 “スリーライオンズ”の現状についてレポートしてもらう。

文 山中 忍


 イングランドはサッカーの母国。そして、伝統を重んじる国。11月14日、ウェンブリーで行われたEURO2020予選での勝利は、代表の通算1000試合目を記念する「祝砲」となった。FA(サッカー協会)の招待を受けた歴代の監督と選手(代表キャップ数50以上)が見守る中、大量7得点で無失点とモンテネグロを圧倒し、3日後のグループA最終節コソボ戦を待たずに予選突破を決めたのだ。木曜夜の一戦に、気温6℃よりも低く感じた寒さと、キックオフ前の雨にもめげず駆けつけた約7万7000人のファンは、スコアが7-0となると国家を歌い上げ、試合終了の笛には「本大会に行くぞ!」と声を上げて応えた。

 勝って当然のカードではあった。モンテネグロ戦は、アウェイでの前回も5得点。今回は、プレスもマークも中途半端な相手のペナルティエリア内に、イングランドの選手とクロスが入るたびに得点の気配があった。しかしながら、格下を容赦なく打ちのめした平均年齢23歳台の現代表チームには、通算409試合目に当たる1966年W杯決勝でハットトリックを決めた、サー・ジェフ・ハーストを含むスタンドのイングランド・レジェンドたちも、代表の近未来への期待に胸を膨らませたに違いない。同大会に続く、母国史上2度目の主要国際大会優勝は、実現が望まれて半世紀以上になる全国民の悲願だ。

歴史を示す「1245」

 歴史的な一夜の圧勝は、ホームゲームでは1987年10月のトルコ戦(8-0)以来となる6得点以上の大勝でもあった。当時のCFギャリー・リネカーが、ハットトリックを決めた旧ウェンブリーでの一戦。「歴史は繰り返される」ではないが、32年後の新ウェンブリーでは、現「ナンバー9」のハリー・ケイン(トッテナム)が、ボックス内でのヘディング2発と右足シュートで3ゴールを決めた。

 「ナンバー1207」のケインと言うべきかもしれない。モンテネグロ戦のユニフォームの左胸には、“スリー・ライオンズ”こと3頭の獅子が描かれたエンブレムの下に、選手個々のレガシー・ナンバー。1872年、スコットランドとスコアレスドローを演じた初の代表戦でゴールを守った、ロバート・バーカーを1番とする連番は、国税庁にタグを付けらたような日本国民のマイナンバーとは違い、FAから代表の一員としてピッチに立ったイングランド人にだけ与えられる名誉の個人ナンバーだ。モンテネグロ戦の後半にベンチを出たジェイムズ・マディソン(レスター)が、最新の1245番となったレガシー・ナンバーは、今後の代表戦でも襟の内側に記されて継続される。この国らしい、厳かな歴史の祝い方ではないか。

 ケインは、実質的なレジェンドの地位にも“3歩”近づいた。代表での通算得点数を試合前の28から31に伸ばし、イングランド歴代得点王ランク10位タイから6位へと浮上。記録は破られるためにあるとも言われるが、ハーフタイム中、レンジェンドの1人として、一際大きな歓声を受けてピッチに登場した歴代得点王のウェイン・ルーニーは、内心で「この男が俺の記録を抜いてくれそうだ」と、主砲の役割とキャプテンマークを受け継いだ代表の後輩を頼もしく思ったのではないか? 代表戦出場44試合で30得点台に乗せたケインは、当日の先発イレブンでは最年長者の一人でも、まだ26歳。ルーニーの53得点を超えるための時間は十分にある。後半早々にベンチでお疲れ休みとなっていなければ、モンテネグロ戦でさらに1、2点は差を縮めていたはずだ。ギャレス・サウスゲイト監督が、「世界最高」とまで評価する現代表エースは、ストライカーとしてすでにワールドクラスの域に達していると言って差し支えない。

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最終更新:11/18(月) 21:06
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