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胴上げで思い出す甲子園暴動事件(昭和48年) 気の毒だった王さん【柴田勲のセブンアイズ】

11/18(月) 5:57配信

デイリー新潮

 今年のプロ野球はソフトバンクが日本シリーズ3連覇を飾って幕を閉じた。

 工藤公康監督が宙に舞うのを見ながら、ふと巨人時代のことを思い出した。川上(哲治)さんを輪の中心で胴上げした記憶があまりないんだ。あっても2回くらいかな。

 私はセンターだったので胴上げに到着するのが1番最後になる。いつも輪の外にいたような気がする。

 もっとも、川上さんをグラウンドで胴上げしたくてもできなかったことがあった。

 V9最後の1973年(昭和48年)10月22日、いまでも語り草になっている「甲子園暴動事件」だ。

 巨人対阪神の最終戦(130試合目)に勝った方が優勝という史上初の展開となった。阪神は引き分けでも優勝だった。

 デーゲームの甲子園球場は超満員の約4万8千人だった。異様な熱気に包まれていた。阪神ファ? ンにすれば勝って優勝だ。これしかなかったと思う。

 先発は高橋(一三)で阪神は上田(二朗)だった。この上田を打線が攻略し早々にKOした。さらに得点を重ねて五回を終わって8対0と一方的な展開になった。

 早い回からヤジや罵声が飛び交った。ビール瓶やウイスキーの小瓶まで投げ込まれた。除去作業で試合は何度も中断した。なかなか進まない。

 センターの私は後ろを抜かれたらまずいと思いながら、ウイスキーの小瓶を避けて前へ前へと守っていた。萩原(康弘)、柳田(真宏)にももっと前へ出ろと指示を出した。

 (高橋)一三は絶好調で阪神打線を寄せ付けない。阪神には勢いがなかった。10月20日の中日戦(中日球場)に勝つか引き分けで優勝だったのに、江夏(豊)で落とし、チーム全体がしぼんでいるような感じだった。

 一三がウィリー・カークランドを三振に切って試合終了(9対0)となった。被安打4の完封勝利だった。同時に一塁側のファン2、3人がネットを乗り越えてグラウンドに降りた。後は群衆心理だったろう。一塁側を中心に怒った多数の阪神ファンが一塁側ベンチには目をくれず、三塁側ベンチに殺到してきた。

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最終更新:11/18(月) 5:57
デイリー新潮

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