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黄金世代と対戦した日系アメリカ人 ビーチサッカーW杯で日本と“再戦”

11/19(火) 11:10配信

footballista

文 田島 大

 11月21日に、パラグアイでビーチサッカーのワールドカップが開幕する。地理に明るい人は「おや?」と思うことだろう。それもそのはず、パラグアイには海がないのだ。今大会は、内陸国で開催される初めてのビーチサッカーW杯となる。

日本戦で1ゴールを奪う

 10回目を迎えた今大会には、ブラジルと並んで皆勤賞の日本も参加する。2大会ぶりの決勝トーナメント進出を目指す日本は、開催国パラグアイ、欧州の強豪スイス、そしてアメリカと同組に入った。グループ突破の2枠を巡る争いは、アメリカを除いた3チームによる三つ巴となりそうだ。

 そんな中、日本が第2戦でぶつかるアメリカ代表に気になる選手がいる。39歳のライアン・フタガキである。名前が示す通り、彼は日系アメリカ人だ。しかし、日本とのつながりはそれだけではない。実は、フタガキは過去に“ワールドカップ”で日本と対戦したことがあるのだ。

 20年前の1999年、まだU-20ワールドカップが「ワールドユース選手権」と呼ばれていた頃、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の学生だった当時19歳のフタガキはU-20アメリカ代表に選出され、ナイジェリアで開かれたワールドユースに出場し、そこで日本と対戦した。

 ご存知だと思うが、当時のU-20日本代表はいわゆる“黄金世代”のチーム。決勝ではシャビを擁するスペインに完敗したが、準優勝という歴史的快挙を成し遂げた。その日本とアメリカが対戦したのは、今回のビーチサッカーW杯と同じグループステージ第2戦だった。試合は高原直泰のゴールなどで日本が3-1の勝利を収めたが、アメリカ側の1点を決めたのがフタガキだった。

 アメリカは日本に次ぐ2位で見事にグループを突破するも、ラウンド16でスペインの前に屈した。「(代表での)1分1秒を楽しんだよ」。フタガキは今年5月、アメリカサッカー協会のHPで当時のことをそう語っている。

現代表監督と出会い、ビーチに転身

 その後、フタガキはU-23代表にも選出された。そして2003年のドラフトでシカゴ・ファイアーに指名されてMLSでもプレーした。だが翌2004年にチームから放出されてしまい、棚上げとなっていた学業を再開。大学を卒業し、医薬品の販売業で生計を立てるようになった。これでサッカーキャリアは終わる……はずだった。

 プロサッカーからは遠ざかったフタガキだが、その後も大学のOBや現役生と趣味でサッカーを続けていた。そんな時、同大学のコーチを務めていたエディー・ソト(現ビーチサッカーアメリカ代表監督)に出会った。そして同氏の勧めにより、2007年からビーチサッカーを始めることになった。

 「まるで足の重さが2万kgあるように思えた」というくらい、最初は砂上でのプレーに戸惑った。だが、努力を続けて2009年に代表に選出されると、2013年には北中米カリブ海(CONCACAF)予選を制してW杯タヒチ大会に出場した。そして、アメリカ人として初めてワールドユース(U-20W杯)とビーチサッカーW杯の両方でゴールを決める偉業を成し遂げるのだった。

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最終更新:11/19(火) 11:25
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