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歴代最長に!桜を見る会で逆風も安倍政権が強い理由

11/19(火) 11:30配信

JBpress

 (朝比奈 一郎:青山社中筆頭代表・CEO)

 毎年4月、新宿御苑にて開催される総理大臣主催の「桜を見る会」に、安倍晋三首相や閣僚らの地元後援会関係者らが多数招待されていた問題で、政権への批判が高まっています。

昨年4月の「桜を見る会」で大勢のタレントに囲まれる安倍首相夫妻。一般の招待客も、有名人を間近で見られて大いに喜んだに違いない。

 今年9月に内閣改造を断行し、わずか1カ月半ほどの間に閣僚が2人も辞任に追い込まれるというダメージも癒えぬうちに、今度は安倍首相自身に「公金を使った後援会接待」の疑いがかけられている状況です。事態の着地点はまだ見えませんが、共産党をはじめとする野党の追求も鋭く、首相自身も関わる問題なだけに「モリカケ問題」 (森友・加計問題)ほどの騒動に発展する可能性も取り沙汰されています。

 しかし、私見では、現状を見る限り、政権が倒れるほどの問題に発展することはなさそうです。というのも、現在の安倍政権は、守りが非常に堅い権力構造を作り上げているからです。

■ 桂太郎を抜いて首相在職日数が最長に

 11月20日、安倍首相の通算首相在職日数は、歴代最長だった桂太郎(2886日)を超えることになります。さらに、このまま安倍政権が続けば、来年夏には、佐藤栄作の7年8カ月の連続在任記録をも破ることになります。

 なぜ安倍首相はこれほど長期間、政権の座を独占することができたのでしょうか。その理由は、安倍首相のリーダーシップとかカリスマ性といった個人の資質よりも、「チーム安倍」とも言うべき組織のマネジメント力の高さにあるのではないかと私は睨んでいます。

 それを説明する前に、まずは安倍政権のこれまで振り返ってみましょう。面白いことに、安倍政権は「予想を裏切る政権」という側面が見えてきます。

 まずは2006年から2007年にかけての第1次安倍政権ですが、このときは5年5カ月も続いた小泉政権の後を受けて発足しました。その後、発足した安倍政権は国民的期待を受け、満を持して「登板」した内閣であり、やはり長期政権化するのではないかと予想されていました。

 安倍さんは、小泉内閣で官房副長官を務めていたときに、北朝鮮への強硬姿勢が注目を浴びてスターとなります。首相就任時の年齢は52歳。戦後最年少の首相で、現在で言えばちょうど小泉進次郎さん的な存在でした。当然、小泉路線を継承しつつ、本格政権になるだろうと思われていたのですが、その予想を裏切って、1年ほどで退陣してしまいました。

 二度目の政権は2012年12月から。このときは、安倍政権が長期政権化すると予想した人はほとんどいませんでした。

 前任の野田首相が解散総選挙に打って出て政権与党の民主党が大敗、自民党に政権の座が転がり込んでくるわけですが、総選挙での自民党の勝利は、ボロボロになった民主党への批判票が集中したという側面が強く、積極的に自民党を選んだ有権者はさほどいなかったように思います。

 しかも総選挙の3カ月ほど前に実施されていた自民党総裁選では、決選投票でこそ安倍さんが勝利しましたが、1回目の投票では石破茂さんの後塵を拝していました。そうした中で第2次政権をスタートさせた安倍さんだけに、「今回の安倍内閣も長続きしないのではないか」という見方が大勢でした。ところがその予想も裏切られ、これほどの長期政権になったわけですから、分からないものです。

 ただ、小泉政権にしても、第2次安倍政権にしても、長期政権の構造を分解してみれば、そこには共通項が見いだせます。

 小泉さんは派閥の長でもなく、子分もいない。「政界の一匹狼」と呼ぶべき存在でした。そんな小泉さんが長期間にわたって政権を握り続けられたのは、永田町と霞が関の関係と含めて大きな構造変化が起こっていたからです。

■ 小沢一郎、橋下龍太郎がお膳立てした長期政権

 江戸末期の作と言われる有名な落首に「織田がつき羽柴がこねし天下餅、座して喰らうは徳の川」というものがあります。これは徳川政権が長く続いたのは、織田信長が断行したさまざまな改革と、豊臣秀吉による太閤検地などの制度整備があったお陰だ、という意味です。そのひそみに倣って、「小沢がつき橋本がこねし天下餅」を座って食べたのが小泉さんだったと言われたりもしています。

 小沢一郎さんがついたのは、選挙制度改革という餅でした。細川内閣時代に、実質上、小沢さんが主導して選挙制度改革が進み、小選挙区制を導入し、二大政党制への道筋を作りました。小選挙区制では与党の候補者は一人になるので、党首の公認権はとても大きな権限となります。さらに橋下龍太郎さんは、首相の権限強化を伴う内閣機能の見直しを実施します。これにより、首相の基本方針発議権を明確にするなど、官邸機能が強化されました。こうして、与党の総裁として、また内閣を統べる総理大臣として、首相の権限は格段に強くなるわけですが、こうした条件が整備された中で小泉政権は発足し、またこれらをフルに活用し切ったからこそ、長期政権が実現したのでした。

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最終更新:11/19(火) 11:30
JBpress

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