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大学ラグビーの人気が罠 川淵三郎氏が語るラグビープロ化成功の鍵

11/20(水) 7:02配信

FRIDAY

サッカーJリーグを発足し、バスケット界の混乱を収束させ、Bリーグ発足に尽力した川淵三郎氏がラグビー界へ「愛のムチ」だ。ラグビーのプロ化が実現したとき、何をもって「成功」とするのか。サッカー界のプロ化の当初は決して賛成派ではなかった川淵氏ならではの冷静な視点で、ラグビー界や陣頭指揮をとる日本ラグビーフットボール協会・清宮克幸副会長へ提言した。

ラグビープロ化へ 川淵三郎氏が明かした「清宮くんに伝えたこと」

「プロリーグの成功の指標はまず入場者数。これに尽きる。清宮君に『見に来てくれるお客さんの数はいくらで見積もっているの?』と聞いたら、彼は『1万5000人です』と。でも今の感じでいくと、僕は(その数字に到達できるか)想像がつかない。その数を再来年、としているプロ化のスタート時から目指すのなら、もう来年1月のトップリーグ開幕から地域へのアピールとか、携わる人のプロ化にむけて動かす。携わる人をその気にさせるということが大事だと思う」

1993年に開幕したサッカーJリーグも、4年目以降は観客動員に苦労した。それまでは、2年目の1994年に記録した平均観客数1万9598人がトップだった。バブルが崩壊した1997年には1万131人まで落ち込み、2002年の日韓ワールドカップ後も大幅増にはならず。リーグ終盤になった今季、目標の年間平均観客動員2万人をついに突破する見通しとなった。スタートから27年かかった。

「イニエスタが来てくれて、今季初めて2万人の壁を突破しそうだけど、Jリーグは1試合平均2万5000人までコンスタントにいけるようにならないとね。それにはソフト、ハード両方の課題があるけれども、サッカーの場合、ソフト面でいえば、日本選手のレベルは確実に上ってきた。ハード面はJ2のV・ファーレン長崎で高田(明)さんが、J1ヴィッセル神戸でも三木谷(浩)さんが6万人のサッカー専用スタジアムを作る、という話も聞いていて、お客さんに来ていただけるそれ相応の『器』が各地にできる動きがある。
僕はラグビーW杯が決まったとき、『秩父宮ラグビー場がすごい専用スタジアムになる』と一番初めに思ったんだ。でも実際は、東京五輪の時に一時、駐車場になり、その後に建て替えると聞いて、動きが遅いと感じたね」

Jリーグ開幕前、サッカー人気が低迷していた頃、ラグビーは大学ラグビーを軸に人気があった。しかし、その人の集まり方にある種の「落とし穴」が潜んでいた。

「ラグビーの実力は企業チームの方が強かったよね。それでも大学ラグビーが超満員になったのは、大学に対する愛着があったからだと思う。僕が(早稲田)大学の時にサッカーの練習にいくと、土日は(隣の)ラグビー部の練習場にOBが親子連れで来ていてグラウンドをぐるっと一周回るくらいいてうらやましかったね。スタンドにも、親子で来ていたのだろうけど、ラグビーの本当のおもしろさを知って観戦に来たかといえば必ずしもそうじゃないと思う。企業のラグビーのレベルが大学より高いのに、観客動員は増えなかった。大学ラグビーの人気が、ラグビー人気そのものだと錯覚してしまったこともあったよね」

川淵氏はサッカー界のプロ化に向けて舵を切った当初、意外にも「そんなもの成功するわけがない」と否定的だったという。しかし、やらなければいけない運命的な出来事が次々とおきた。

「51歳で、古河電工100%の子会社に出向しろと言われた頃、日本サッカーリーグでは若手の運営委員らが『プロ化』を話し合っていた。でも、当時の日本のサッカー界は実力も人気もない、スター選手もいない、専用スタジアムもない。ないないづくしなのに、よくそんなことが言えるなって思っていたよ(笑)。時を同じくして、日本リーグの総務主事にならないかという話が舞い込んできた。それで、このままサラリーマンで終わってもつまらない、この後の人生、サッカーの大改革に賭けよう。プロ化が成功するかどうかわからないけど、日本のサッカーを誰がみてもおもしろいものにすることは、俺ならできるかもしれないと考えて、総務主事を引き受けたんだ。初めは冷めた目で見ていたけど、1年くらいやって『プロ化しなければダメだ』と思うようになっていった。最初から『プロ化、プロ化』とのめり込んではいなかったから、Jリーグのプロ化が成功したと思う。客観的に、かつ批判的な目で見てきたことで、成功の道筋を見出せたということじゃないのかな」

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最終更新:11/20(水) 18:07
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