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原田勝広の視点焦点:元国連の明石康さんのこと

11/20(水) 11:32配信

オルタナ

国連の元事務次長、明石康さんがスリランカのラトナ勲章を受章、さきごろ、それを祝う集まりがあり、出席しました。

先に亡くなった緒方貞子さんと並ぶ国連における日本人の双璧でしたが、緒方さんが「世界の緒方」「スモール・ジャイアント」(小柄な巨人)と国際的にも高く評価されたのに比べ、明石さんは旧ユーゴスラビアに展開したPKO、国際連合保護軍(UNPROFOR)の事務総長特別代表時代の指導力、決断力を米国に批判されたり、退官後、都知事選に出馬して惨敗するなどやや寂しい晩年という印象です。

日本経済新聞記者時代、ニューヨークで国連を担当した私としては、PKO、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)国連事務総長当別代表としてプノンペンにさっそうと降り立った勇姿が忘れられないだけに残念な思いを抱いていましたが、2002年からスリランカの平和構築に貢献したことから外国人に与えられる最高の勲章を贈られたことを心から祝福したいと思います。

集まったのは元国連職員とわれわれジャーナリストでしたが、88歳になる明石さんは年齢を感じさせない雄弁さで、国連時代の経験や培った知力で昨今の国際情勢を縦横に分析しており、まさに「知の巨人」といった風でした。

懇談の場では様々な人が話題を語りました。常任理事国は難しい。「準常任」、つまり非常任理事国でも任期を2年より長くし、再選可能なステータスを模索すべき時期に来ているのではないか。そんな意見も聞かれました。

私が関心を持ったのはSDGsでした。このコラムでも以前に書きましたが、「SDGsは冷戦崩壊の贈り物」であり、東西冷戦構造の崩壊後、期待された安全保障面でリーダーシップを発揮しきれない国連が、経済社会など開発の面で世界に貢献する新たな役割を見出した。

それがSDGsであると、私は新たな国連観を述べました。

これに対し、多くの人は賛同しながらも、「SDGsは平和とリンクする必要がある」との指摘がありました。確かにそうです。

冷戦終焉後当時のガリ事務総長も「多発する地域紛争の原因の根本には貧困など社会経済的な発展の欠如がある」として平和のために開発に力を入れることを宣言した記憶があります。

国連の安保の役割を軽んじるわけではなく、逆に、安保を重視するからこそ、社会経済問題に注力するという発想です。

英国の軍事専門誌「インターナショナル・ディフェンス・レビュー」は「一国の安全保障は、国際市場での競争力、国民の生活水準の向上など、軍事面ではなく経済的意味合いが強くなった」とまで言及、経済安全保障時代の到来を告げていますが、これも開発と安保が一体化している現実を指摘しているといえます。
こんな議論の中で、ある人から興味深い発言がありました。こんな内容でした。SDGsを扱う経済社会理事会は重要だが、PKO派遣などを決議する安保理と別物ではない。

特に日本は憲法の問題から、非軍事を意識してPKOなどに慎重だが、SDGsという経済社会問題だけにシフトするのはよくない。特にこちらの方面は中国が大きな影響力を持っており日本がどこまで影響力を発揮できるか心配がある。

さらに、明石さんが代表を務めたUNTACこそカンボジアでSDGsを実践したといえるのではと話されました。確かにUNTACは、1992-93年に内戦が終わったばかりのカンボジアで、いわば暫定政府の役割を担ったPKOでした。

32か国から16,000人が派遣され、軍事、警察部門だけでなく、難民・避難民帰還、復興、人権まで幅広く担当しました。国家再建が目的だから、今思えば、SDGsの目標1(貧困削減)、2(飢餓撲滅)、3(福祉)、4(教育)などに当たるテーマにもかかわりは深かったと言えます。

明石さんの旧ユーゴでの苦労は個人の能力の問題ではなく、国連の安保面での実力、あるいはPKOの限界ではなかったかと思われます。そういう意味で、明石さんは国連とともにその歴史を歩いた日本人だと言えるでしょう。

明石さんは緒方さん同様、日本の宝、財産であることに変わりはないと思います。  (完)

最終更新:11/20(水) 11:41
オルタナ

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