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「子どもの頃、目にした高収入求人バニラのトラックを思い出して」働き始めた貧困女性の末路

2019/11/20(水) 11:00配信

デイリー新潮

「無視するという受容」が常識を作ってしまっている

 当然だが、すべての若年層が、性風俗求人の宣伝活動を面白がっているわけでは断じてない。多くは騒がしい音楽に辟易し、ドギツい色彩に苦笑いし、その広告の中身に眉をひそめる。

 しかし、性風俗求人を宣伝するアドトラックが野放しで走り回る現状は、厳然として存在している。倫理やモラルへの無関心さが蔓延している状況だ。

 道端に無数に落ちているタバコの吸い殻を無視して歩けるのは、吸い殻が落ちているという状況が当たり前だからだ。公道に吸い殻やゴミが落ちている事実は「普通のこと」として、わたしたちの日常に組み込まれている。

 同じことが起きているのだ。「お金に困った女性は風俗嬢になる道がありますよ。あなたが選べば、今日からでもそれは可能ですよ」というメッセージが昼夜問わず街に流れることは、現在の日本社会にとって、至極当たり前のことなのだ。

 それをおかしいと社会ぐるみで批判できないでいる間に、バニラはキャッチ―な音楽とともに、ゆるキャラの着ぐるみを駆使した広告戦略を拡大し、「将来の働き手候補」である若い女性を取り込みにかかっている。

「風俗で働く女=汚い」「風俗で遊ぶ男=普通」

 性風俗店利用客を含む多くの男性はこう言う。

「男はみんな風俗の世話になってるから、風俗嬢を差別なんてしないよ」

「でも、どんな仕事を選ぶのも、本人の自己責任だよね」

 日本社会においては様々な自己責任論が跋扈しているが、取り立てて性風俗産業に従事する女性への風当りは厳しい。苛烈と言っても差し支えない。

 筆者も元セックスワーカー(風俗嬢)であることを公言しているが、記事に対するコメントやツイートなどを見ていると、〈元セックスワーカー笑〉〈風俗嬢上がりらしい文章ですね〉〈ヤリすぎて妄想でも見るようになったか?〉などといった侮辱はいくらでも出てくる。彼らは「偉そうなこと書いてるけど、お前体売ってたんじゃん」とでも言いたげだ。

 彼らのコメントは、社会全体にうっすらと、そして強固に蔓延している性風俗従事女性への差別と蔑視が収斂したものだ。〈体を売っていた女の分際で、高い金を稼いでおいて、いやらしいことが平気でできるくせに、汚い女のくせに〉そう認識し、それを表明することになんの疑問も持たないのが、現在の日本社会のスタンダードだ。

 翻って、性風俗店を利用する男性客はどうだろう? 何か少しでも非難の対象になるだろうか? 金で女を買っておいて、と、責められたりするのだろうか? 他人の体を金で買った男の分際で、と、会社で降格人事などにかけられたりするだろうか? 不特定多数の女といやらしいことをした汚い男であることが周りにバレて、差別的な呼び名で呼ばれたりすることが、あるのだろうか? 
 
 当然、性風俗遊びををする男性への非難は存在する。しかし、それは性風俗産業に従事する女性へのバッシングとは比べ物にならないほど小さい。実際に働いていた者として証言しよう。

 性風俗利用客のほとんどは、普通の男性だ。性風俗店の利用料数千円から数万円を支払えるだけの仕事をしており、一般的に問題のない社会生活を送る、普通の男性たちである。

 彼らは会社の同僚との付き合いで性風俗店を利用する。知り合いから薦められたので来店したという客もいる。妻の里帰り出産中に自宅に女性を派遣させる男性など、ひとりやふたりではない。

 そしてそういった「風俗遊び」をすることに罪の意識を感じたり、その遊びによって彼らが社会的に不利益を被ることは、まずない。

 女性が自分を売ることは罪であり、侮辱されても、男性が女性を買うことは免罪される。これが差別でなくて、一体なんだというのだろう? 

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最終更新:2019/11/21(木) 10:53
デイリー新潮

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