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ルーキーイヤーに「79登板」…獅子奮迅の甲斐野央にひそむ看過できない「リスク」

11/21(木) 18:47配信

THE DIGEST

 ソフトバンクのルーキー、甲斐野央が“ヤバい”。2つの意味で。

 1つはもちろん、その新人離れした快進撃である。

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 3月29日の開幕戦でプロ初登板初勝利を挙げ、デビューから13登板連続無失点のプロ野球新記録を樹立。6月半ばからは、故障離脱の森唯斗に代わって一時クローザーも務めるなどフル回転。最終的にはリーグ3位タイの65試合に登板し、2勝8セーブに加えて26ホールドを記録した。

 甲斐野の活躍はレギュラーシーズンにとどまらなかった。クライマックスシリーズと日本シリーズで計8試合に登板し、わずか2失点でチームの日本一に貢献。さらにシーズン終了後にはプレミア12日本代表にも召集され、6試合を無失点に抑えて侍ジャパンを世界一に導いた。

 ポストシーズンとプレミア12を含めると、合計で実に79試合。1年でこれだけ多くの試合に登板したルーキーは史上類を見ない。シーズン新人登板記録は益田直也(ロッテ)が2012年に記録した72試合だが、この年のロッテは5位でクライマックスシリーズに進出できなかった。つまり、甲斐野の計79試合登板は、実質上の“新人最多記録”と言っても決して過言ではないのである。

 しかし、これだけ多くの試合を投げ抜いてきた甲斐野の右腕は、果たして大丈夫なのだろうか?

 いかに頼れる投手とはいえ、甲斐野の今季の起用法は、ルーキーにとってはかなり負担の大きいものだった。2日連続以上の登板は年間で19回。西武との首位争いが激化していた9月14日~16日にかけては、3連投したが、1試合目こそ好投したものの、続く2試合はいずれも崩れて計7点を失った。シーズン全体でも自責点27のうち12点を、連投した2戦目以降に失っている。しかも、先述したようにCSや日本シリーズ、プレミア12と激戦続き。甲斐野の右腕に疲労が蓄積されていることは想像に難くない。それが2つ目の“ヤバさ”だ。

 そもそも、甲斐野のようにスピードボールを武器とする本格派投手には、常に故障のリスクが付きまとう。少し古い話になるが、現・中日監督の与田剛がその典型だった。

 1989年のドラフト1位で中日に入団した与田は、当時日本最速の時速157キロのストレートを武器に1年目から大活躍。リーグ最多の31セーブを挙げて新人王を受賞したが、2年目以降は慢性的なヒジ痛に悩まされた。一応は2000年まで現役を続けたが、一線級の活躍をしたといえるのはルーキーイヤーを含めて2シーズンのみに留まっている。

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最終更新:11/21(木) 20:19
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