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地方病を撲滅し医学が勝利した栄光の地、甲府盆地西部を歩く

11/21(木) 19:03配信

ニューズウィーク日本版

──寄生虫病=日本住血吸虫症への世界に稀にみる完全勝利の歴史

新時代の幕開けを、飾らない日常を歩きながら体感したい。そう思って、東京の晴海埠頭から、新潟県糸魚川市の日本海を目指して歩き始めた。

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◆世界に稀に見る「医学の完全勝利」

今回のスタート地点は、「昭和町風土伝承館・杉浦醫院」である。前回は、武田家の隆盛と共にあった甲斐国のいわば表の歴史に触れながら甲府の市街地を歩いてきたが、今回は知られざる裏の歴史も見ていきたい。そのために、少し回り道になったが、前回は中央自動車道・甲府昭和インターから徒歩20分ほどのこの地まで歩いてきた。

武田家滅亡後も、幾度かの領主交代を経て江戸幕府の直轄領として続いた甲斐国は、明治維新後、そのままの領域で山梨県に生まれ変わった。そして、一部が資料館として公開されているここ杉浦醫院は、山梨県誕生後の明治から昭和にかけて、甲府盆地の人々を苦しめた「地方病」との戦いの記念碑的存在である。

「地方病」とは、この地方にかつて発生していた人命に関わる重い感染症のことだ。山梨の人々は、特に甲府盆地一帯を集中的に襲った病気(他の地方にも発生地はある)であることから、今ももっぱら「地方病」と呼んでいる。重症になると肝硬変を起こし、腹水がたまって腹が膨れ上がり、黄疸が出て死に至る恐ろしい病気で、長い間原因不明の奇病とされてきた。甲斐国には、貧しい農民ばかりがかかることから、貧農に生まれたものの宿命だと、半ばあきらめと共にこの地方病と付き合ってきた歴史があった。

しかし、明治以降、地元の医師らが立ち上がって原因究明、治療、撲滅に尽力。100年余りの戦いを経て、1995年にようやく終息宣言が出された。甲斐国・山梨県の人々を長く苦しめてきた地方病の正体は、現在も東南アジアなど世界中で発生している寄生虫病=「日本住血吸虫症」であった。住血吸虫症は世界各地で発生しているが、完全に撲滅したのは世界で日本だけだとされる。つまり、山梨の人々は、住血吸虫症に対し、世界でも稀に見る「完全勝利」を果たしているのだ。寄生虫病のイメージの悪さからあまりPRされていないようだが、大いに誇るべき輝かしい歴史だし、それを抜きにして山梨の近代史は語れないだろう。

戦いの舞台の一つとなった杉浦醫院の敷地内には、勝利を記念する「地方病流行終息の碑」がひっそりと立つ。より詳細な歴史を紐解きたい人は、是非、杉浦醫院内の展示や資料に目を通していただきたい。

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最終更新:11/21(木) 21:08
ニューズウィーク日本版

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