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生まれた町以外みんな|愛の病

11/23(土) 6:00配信

幻冬舎plus

狗飼恭子

 マンションの建て替えが決まった。

 わたしが今住んでいるのは築五十年近い古いマンションで、引っ越してくる前から建て替えの噂が流れていた。けれど百世帯近く住む大型マンションで住人の数が多いため、建て替えの話し合いがなかなかまとまらなかったらしい。不動産屋も管理人も、
 「東京オリンピックが終わるまでは建て替えることはないですよ。資材も業者も足りませんから」
 と言っていた。
  

 まあ、オリンピックまで住めればいいかな、なんて軽い気持ちで転居先を決めた。けれど、気づいたらオリンピックはもう来年に迫っている。
 そして数か月前、ようやく話し合いがまとまったと言う連絡が来た。建て替えは三年後だという。

 すぐに追い出されるわけではないけれど、このマンションが壊されることは決まってしまった。
 白い鱗壁で、ベランダや屋根はどことなく丸みを帯びていて、中庭や周囲に植物が多い。フンベルトヴァッサーがデザインした建物のような愛らしいマンションで、一目惚れだった。壊してしまうのは惜しい。でもたかだか数年住んだだけの賃貸人であるわたしに、建て替え反対をする権利などない。

 昔は引っ越しが大好きだったのに今は少し憂鬱なのは、すっかり腰が重くなってしまったからなのか、この家と特別に気が合っているからなのか。
 一体いつまでこの家に住めるのだろう。まだ知らされていないから分からない。けれど少なくとも、三年後にはここにはいない。

 田んぼに囲まれた田舎にある実家から出て二十五年、ずっと都心で暮らしてきた。
 でもそろそろ、都会はもういいかな、という気もしてきている。飲みに行ったり買い物したり、観劇したり友達とおしゃべりしたりするよりも、川を見ながらぼうっとするほうが、最近は楽しい。

 夢だった海辺に住むのもいいかもしれない。山の中に住んで満天の星空に浸るのも楽しそうだ。温泉街も趣がありそうだし、鎌倉とか京都みたいな、大きなお寺のある町にも憧れる。いっそ島とか、海外だってありなのかも。マレーシアへの移住はそんなに難しくないらしいし、今一番おすすめの移住地は、ジョージアかブルガリアなのだそうだ。

 最近観た映画に、「生まれた町以外はみんな一緒」という台詞があった。
 そうなのかもしれない。だとしたら住む場所なんか、なんとなく適当に決めていいのかもしれない。

 わたしは次に、どこに住むのだろうか。
 三年かけてゆっくり探して、そしてなんとなく、適当に、決めよう。


■狗飼恭子
1974年埼玉県生まれ。92年に第一回TOKYO FM「LOVE STATION」ショート・ストーリー・グランプリにて佳作受賞。高校在学中より雑誌等に作品を発表。95年に小説第一作『冷蔵庫を壊す』を刊行。著書に『あいたい気持ち』『一緒にいたい人』『愛のようなもの』『低温火傷(全三巻)』『好き』『愛の病』など。また映画脚本に「天国の本屋~恋火」「ストロベリーショートケイクス」「未来予想図~ア・イ・シ・テ・ルのサイン~」「スイートリトルライズ」などがある。最新刊は、『遠くでずっとそばにいる』(幻冬舎)。デビュー作『オレンジが歯にしみたから』がノンカフェブックスにて復刊。中田永一原作「百瀬、こっちを向いて。」で脚本を担当。オフィシャルブログhttp://ameblo.jp/inukaikyoko/

最終更新:11/23(土) 6:05
幻冬舎plus

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