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今どきアラフォー男性の家族愛、「妻子より仕事」からどれだけ変わった?

11/23(土) 6:01配信

ダイヤモンド・オンライン

 「家族を顧みずに仕事をする父」が美談として語られたのはもうはるか昔、昭和時代の話。昭和、平成を経て令和のパパたちは今、どのような家族観を抱いているのだろう。(取材・文/フリーライター 武藤弘樹)

● 変わる家族愛の形 過渡期に育まれた価値観

 アメリカの映画を観ていると、“アメリカにおける理想のパパ像”を体現したような人物が登場するのをよく目にする。彼らは家族を愛し、家族を何よりも優先し、家族を守るために命を賭して戦いそして勝利する。こうしたステレオタイプなパパはメジャーな映画ほど登場する確率が高く、それがアメリカのパパ像全てというわけではなかろうが、アメリカ国内では多数から概ね好意を持って受け入れられていると推測される。

 一方、日本のパパ像だが、これは昭和から令和にかけて大きく変わってきている。昭和のパパ像は“会社に忠誠を尽くし家族を養っていく”が典型だったが、ここに“家族サービスすればなおよし”と加点要素が追加され、だんだんと“会社より家族・プライベートを重視すべし”という風潮になってきた。

 平成を経て令和の現在では“家族サービス”という言葉すら、もはや死語に近づいてきている感がある。使うと周りの反感を買う可能性が高くなってきているのである。勤め人とはいえ家族に尽くすのが当然なのだから、その当然なる奉仕にわざわざ“家族サービス”なんて呼び名を用いる必要はない、むしろ当然なる奉仕を美化し大義ぶっているこの語は男性の旧態依然たる傲慢(ごうまん)さすら感じさせる――とこういうわけである。

 現在アラフォーとなる世代の男性は生まれこそ昭和だが、昭和の価値観どっぷりというわけではない。昭和で育ちながら平成・令和連合世代の台頭を肌で感じる過渡期真っただ中で生きてきた世代であり、個々人の価値観を聞いてみると時代の流れそのものを映しだしているようで面白い。令和のアラフォー夫がそれぞれの家族愛について語る。

● 仕事が忙しいパパの場合 「時間はなくても子どもと関わりたい」

 家族との関わり方は仕事の忙しさによってある程度決定される。仕事に忙殺されれば必然的に家族と過ごす時間が減っていく。仕事が忙しいパパの家族愛とは。

 Aさん(39歳)は一児の父で、子は幼稚園児である。仕事については「昔の気風を残した、ややブラック的な職場」らしい。幼少の頃は「仕事人間で、団塊の世代を体現したような亭主関白な父」(Aさん談)を見て育ったためか、「自分もなんとなくそういう父親像でいいのだ」と考えていた。

 しかし妻から「もっと子どもに目を向けろ」と猛反発を受け、一時期深刻に対立したが、わが子のかわいさに触れるなどするうちに徐々に自らの姿勢を振り返るようになって、今は父とは違った、“父よりかは家族をもうちょっと大切にするパパ像”を目指しているそうである。

 「『家族が大事』とは照れがあるのでなかなか言えませんが。大事なことは確かです。

 Facebookで知人が家族と過ごしている様子などを目にした折は『俺ももっと家族と過ごす時間を増やしたいな』と思わされることがあります。仕事がブラック気味だから、かえって家族への欲求が強まっているというか。

 もしホワイトな職場だったとしたら、今度は父親としてどう立ち回ればいいかわからなくなってしまうと思うので、現在は仕事がブラック的であることに助けられている部分も少しあります。

 自分が目にしてきた父親像でない父親像は、なかなかイメージできないので目指すのが難しいです。父に比べれば自分は格段に子どもに甘く、子どもとよく遊んでいると思いますが。そもそも理想の父親像についてなんて普通に親になるだけだと考える機会なんかなくて、自分の場合は妻と対立していた折にたまたまそういうことを振り返ることがあったわけで。

 だから“家族への愛情について”と聞かれると、自分はフワフワしていますが、子どもはかわいいし妻も同様に大切だなと。あと親は責任重大なポジションなので、子どもが成人するまでは金銭的に不自由させないことと、夫婦で協力して子どもにしかるべき愛情を与えていくことが義務なのかなと思います」(Aさん)

 まさに過渡期の人という感じである。それまで自分の血肉として疑いもなかった常識だったがどうやらアップデートする必要があることがわかってきた。Aさんなりの葛藤があったと推測されるが、新しい概念を自分の中に取り込んで、Aさんは常識バージョン2を構築しつつある。

 Bさん(37歳)は3児の父で、長子はもう中学生になる。しかしBさんは周りにめったに子どもの話をしない。Bさんとそれなりに仲のいい人でも「Bさんの子どもの顔を知らない」という人が結構いるそうである。自慢と報告を兼ねて、あるいは雑談のちょっとした延長で、誰かに自分の子どもの写真を見せる……ちまたでよく見られる一般的な光景だが、Bさんはこれをほとんどしたことがないそうである。理由は「恥ずかしいから」。

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最終更新:11/29(金) 17:30
ダイヤモンド・オンライン

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