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『王子瀧の川』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第51回

2019/11/25(月) 11:45配信

nippon.com

歌川広重「名所江戸百景」では第88景となる『王子瀧の川』。江戸の人気行楽地・王子の渓谷美を描いた、珍しい紅葉風景の1枚である。

“自然の山水”と評された渓谷の紅葉

全119景の「名所江戸百景」に、桜を描いた絵は20枚もあるが、紅葉の風景は4枚しかない。当時の江戸にも、紅葉の名所は数多かったはずである。広重は安政江戸地震から復興する江戸の姿を伝えるために「名所江戸百景」を描き始めたというが、枯れ落ちる紅葉よりも、華やかに咲く桜の風景が目的には合っていたのだろうか。

王子を舞台にした絵は、全部で6景。いずれにも豊かな自然が描かれ、江戸市中の人々が日帰りで訪れる人気行楽地だったことがしのばれる。8代将軍・徳川吉宗が飛鳥山を中心に王子周辺に桜を植えたことは有名だが、同時に秋に色づくカエデなども植樹している。特に“自然の山水”とたたえられた「滝野川(石神井川)」の渓谷は、紅葉の見物客でにぎわったそうだ。

広重が描いた秋色の王子は、紅葉寺の愛称で親しまれた「金剛寺」辺りだ。金剛寺は弘法大師・空海が創建し、本尊の不動明王像を自ら彫ったと伝わる。平安時代末期、源頼朝が武蔵国を攻める際にこの地に陣を敷き、後に弁天堂や田地を寄進したという古刹(こさつ)である。

右手の高台の奥に見える屋根が金剛寺で、対岸へと架かるのは「松橋」。真ん中の崖下に描かれた鳥居がある洞窟は「松橋弁財天洞窟(別名・岩屋弁天)」で、空海作の弁財天像が祀(まつ)られていたそうだ。右端では、王子七滝の一つ「弁天の滝」が勢いよく流れ落ちている。

松橋はこのかいわいで唯一の橋だった。古地図には「王子権現(現・王子神社)」に向かう人のために、「この橋の他に、近辺に橋はない」といった注意書きが添えられている。カエデが色づくのは肌寒い時期だが、参詣する前に身を清めているのか、滝浴みや川浴みする人の姿も見える。

現在の滝野川はコンクリート護岸され、“自然の山水”はもうない。川沿いにはたくさんの桜の木が植えられているので、桜の葉が染まる頃に出向いて撮影した。右岸に見えるくぼ地は、かつて松橋弁財天や弁天の滝があった辺りで、現在は「音無もみじ緑地」という公園になっている。その奥に見える銅瓦の屋根が金剛寺だ。川の両岸、音無もみじ緑地、金剛寺の全てがフレームに収まる場所を探してシャッターを切り、作品とした。

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最終更新:2019/11/25(月) 11:45
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