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26歳で年収約3億円。失敗を経験しながらも大手外資系証券会社のマネージャーに上り詰めた軌跡とは

2019/11/25(月) 5:20配信

東京カレンダー

月収40万円の大学時代。新車でマスタングを購入するなど、金銭感覚は激変

―――10代で、その決断力と向上心を持たれていたのですね。帰国後はどのような生活を送られたのでしょうか?


石川さん:帰国後は都内の大学に進学し、英語スクールの講師としてアルバイトをしていました。週末は他県に出張して授業をすることも多く、忙しく過ごしていましたね。

ライフチェンジャーとなったのは、英語スクールの社長。実力主義で、能力がある人間には学生であっても見合った評価をしてくれるんです。私自身は当時40万円前後の月収をもらっていました。

この頃はじめてお金を稼ぐことの意義を知り、「能力を評価してもらって、それがお金に繋がる」という良いサイクルを学びました。

上質な食事を楽しんだり、350万円のマスタングを新車で購入したり、お金への価値観が変化したのを覚えています。


―――月収40万で外車を新車購入…大学生の生活ではないですね。貯金はしていましたか?


石川さん:その頃は貯金については一切考えていませんでした。といっても、大学生が毎月40万円を使い切るのはなかなか難しく、意識せずとも残っていく感じでしたね。

高校受験の失敗があってもアメリカ留学や第一志望の大学へ進学できたことで、人生でもリカバリーショットを打てるんだと気付きました。大胆にリスクをとって行動するようになったので、本当に良い経験だったなと思います。

大失敗の就職から、外資系証券会社に進むまでの道のりとは?

――――就職を機に、1億円プレイヤーへの道を進まれたのでしょうか。


石川さん:いや、そんなこともなくて。実は就職活動で第2の大失敗をしてしまったんです。

ちょうど就職氷河期だったこともあり、都内有名大学であっても第一志望の外資系証券会社には受かりませんでした。

最終的に「初年度年収400万円のコンサルティング会社」と「月収16.8万円の日系証券会社」で悩み、証券会社を選びました。

目先のお金に捉われずに証券会社に就職したことが、今考えると非常に大きな決断だったと思います。

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最終更新:2019/11/25(月) 5:20
東京カレンダー

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