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小説家直伝「名作」を味わい尽くす意外な読み方

2019/11/30(土) 5:15配信

東洋経済オンライン

 「速読本」ブームが起こって久しい。一方で私たちの1日の時間は有限であり、増え続ける情報を網羅的に処理するには限界がある。その過剰を、受け手である1人の人間のためにどう圧縮するか、というのが、まさしく今日、AIに期待されていることであり、いずれにせよ、私たちが「スロー・リーディング」のための時間をすべて速読に供したとしても、大した成果は期待できない。

すでにそういうところまで来ているし、今後は一層そうなるだろう。ここでは拙著『本の読み方』より、あえて1冊の本をじっくり読む「スロー・リーディング」を用いて日本文学の傑作を読み解きたい。

■第3部は『こころ』のクライマックス

 ここで取り上げるのは、夏目漱石の晩年の名作『こころ』だ。国語の教科書の常連で、「ゆとり教育」論議の際にも、「国語の教科書から漱石・鷗外が消える!」と大騒ぎになったくらい、国民作家としての漱石の存在感は、まだまだ健在のようだ。

 国語の授業というのは、一種のスロー・リーディングの時間である。そのときに、おそらくは読んでいるはずという意味で、ここでまた、あえてこの作品を取り上げてみた。多くの人にとって、これは時間をおいた「再読」となるだろう。

 『こころ』は上「先生と私」・中「両親と私」・下「先生と遺書」という3部構成になっている。教科書に採用されているのは、第3部の「先生と遺書」が多いようだ。

 親友が好意を持っていた女性を、計略を巡らせて奪ってしまい、結果、その親友が自殺してしまうという重いテーマの小説である。そのことに対し、彼女との結婚後も、「先生」はずっと罪悪感を持ちながら生き続けてきたが、明治天皇の崩御と乃木大将の殉死の報に触れて、ついに自殺を決意するという結末で、愛、友情、エゴイズム、死などの深刻なテーマが折り重なる第3部は小説『こころ』のクライマックスといってもいい。

 しかし、教科書などではしばしば省略されてしまう〈上〉、〈中〉がムダに存在しているわけでは、もちろん、ない。それらは当然に、〈下〉を準備する重要な意味を持っている。ここでは、とりわけ、注目されることの少ない〈中〉の中から〈十五〉を取り上げてみた。既読の人は、この第2部の全体における意義などを考えながら、再読してもらいたい。

■全体における意義を考えながら読んでみる

「先生先生というのはいったい誰の事だい」と兄が聞いた。

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最終更新:2019/11/30(土) 5:15
東洋経済オンライン

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