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山本太郎──ザ・ファイター【前編】

2019/12/1(日) 20:11配信

GQ JAPAN

日本のバーニー・サンダーズともいわれる山本太郎は俳優から政治家に転じ、このほど左派ポピュリズムの新政党「れいわ新選組」をつくった。9月の終わり、日本全国を回る遊説ツアーを開始した山本を追って、元『ニューヨーク・タイムズ』紙記者でジャーナリストのジョナサン・ソーブルは北海道に飛んだ。前編をお届けする。

【この記事を日英対訳で読む!】

季節外れの温かさとなった北海道・旭川の明るい秋の午後、黒のライダーズジャケットに身を包んだ男がひとり、見知らぬ家のインターフォンを申しわけなさそうに鳴らしていた。失礼します、山本太郎です。44歳の山本は健康そのもので若々しく見え、計り知れないほどのエネルギーを蓄えている。歩くのが速い。語るときはしばしば感情がほとばしり、彼が熱心に取り組んでいる問題がテーマとなれば、なおさらだ─原子力、貧困、そして、彼の見方では惨状となっている日本の政治状況。

2011年に福島で核メルトダウンが起きたことを受けて本心を語り始めるようになるまで、山本は人気俳優だった。今、彼が示す見解の多くは議論を巻き起こす─原子力事故への杜撰な対処を理由として日本を「テロ国家」呼ばわりしたこともある─が、そんなことは旭川では誰も、たいして問題にはしていなかったようだ。ドライバーたちはあちこちの交差点でクルマを停めて携帯電話で彼の写真を撮っていた。山本が各戸を訪れた平日の昼間、在宅だった人々はみな、有名人との遭遇に顔をほころばせていた。

山本は北海道で声を上げた。左翼ポピュリスト新党とも言えるれいわ新選組への支持を増やすためだ。新党を立ち上げたのは今年4月のことで、2013年に無所属で立候補して当選していた参議院議員の任期6年の終わりも近いころだった。7月に行われた参院選で、れいわは2議席を確保したが、山本自身は再選を果たせなかった。今の彼は議員ではないものの、党においては代表であり、スポークスマンであり、何でもこなす重心となっている。

れいわには大きな野望がいくつもある。遅くとも2021年までに実施の見込みで、さらに早まる可能性もある次の総選挙に、山本は100人の候補者を擁立することを望んでいる。これは今年7月の参院選で立てた候補者の10倍となる。長らく日本の政治を主導してきた勢力である自民党は安倍晋三首相の下、新たに威勢を盛り返してきている。安倍は最近、在任期間が戦後最長の首相となった。野党は弱く、細分化されている。れいわは、困難な状況にある日本の左翼にカンフル剤を打つことができると、彼の支持者らは語る。現在の混乱を単に深めることになるだけだという批判的な人もいる。

どのような結果が出るにせよ、彼らが日本にとってリトマス試験紙のようなものになるであろうことは間違いない。世界中で反エスタブリッシュメント勢力が乱を起こして米国から欧州、アジアに至る各国で政権を獲得しているなか、日本は引き続き、ポピュリズムの誘惑に免疫を保ち続けてきた。特に若年層は、3世代にわたる政治の名家の御曹司である安倍とエスタブリッシュメントの代名詞である自民党に諸事を託しておくことに満足しているようだ。山本が事態を打開して道を開くには、次の2点を実証してみせる必要がある。ひとつは、ときには芝居がかることもある独立独歩の批判者というここ数年のポジションを捨てて、政治組織を立ち上げ、運営する能力があるという点。もうひとつは、権力に対峙する国民というメッセージが受け入れられる豊かな素地が日本にあるという点だ。

この課題に取り組むにあたって山本はこれまでのところ、自らの最も大きな特徴でもある資質を活かしている。それはカリスマ性と尽きることのないエネルギーだ。旭川では家から家へと歩みを急ぎ、住人と握手して支持を訴え─そして、ピンクの目立つ、れいわのキャンペーン・ポスターを外壁に貼らせてくれるよう求め続けた。れいわはすでに4億円を超える個人献金を集め、7月の参院選では政党交付金を得る資格を確保している。だが、ライバルたちと比べれば、まだ貧弱だ。PR戦略の主軸は、ボランティア集団によって貼り出されるポスター。「一番費用がかからなくて、一番目につく宣伝です」と、山本は語る。「持っている武器で勝たないと」。

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最終更新:2019/12/1(日) 20:11
GQ JAPAN

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