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脅威の4億5000万円ダウン……年俸額の上下動が激しかった選手たちとは?

12/2(月) 11:01配信

週刊ベースボールONLINE

 野球選手の年俸は活躍すればするほど大きくアップし、反対に活躍できなければ大きく下がるもの。一気に1億円以上アップすることもあれば、同じだけ下がることもあり得る。そこで今回は、こうした年俸の上下動が激しかった選手を紹介する。
※記事内の年俸は推定金額

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●杉内俊哉

1500万円(2002年)
⇒1億5000万円(2006年)
⇒3億円(2010年)
⇒5億円(2013年)
⇒5000万円(2016年)

 2002年にダイエーに入団した杉内は、18勝を挙げた2005年オフに1億5000万円で契約更改。4年後の2010年には年俸が3億円までアップした。その後FAで巨人に移籍し、2013年にはついに年俸5億円に到達。しかし、ケガの影響で思ったように投げることができなくなり、2015年オフに4億5000万円ダウンとなる5000万円で契約更改した。4億5000万円は現在も破られていない球界史上最大の減額だ。

●小笠原道大

1200万円(1997年)
⇒1億1000万円(2001年)
⇒3億円(2003年)
⇒4億3000万円(2011年)
⇒7000万円(2013年)

「ガッツ」の愛称で親しまれた小笠原は日本ハム入団5年目の2001年に1億円プレーヤーになると、2002年オフには年俸が3億円にまで上昇。その後、2007年に巨人へFA移籍。2011年からは年俸4億3000万円の2年契約を結ぶも2年連続で不調に陥り、2012年オフの契約更改で年俸は7000万円までダウンした。ちなみに、3億6000万円ダウンは、杉内が記録を更新するまでは球界記録だった。

●阿部慎之助

1300万円(2001年)
⇒1億1000万円(2005年)
⇒3億5000万円(2010年)
⇒6億円(2014年)
⇒5億1000万円(2015年)
⇒3億2600万円(2016年)
⇒1億6000万円(2019年)

 2014年には当時球界最高年俸となる6億円プレーヤーになった巨人の阿部。しかし、このシーズン中にケガの影響で不振に陥り、年俸は9000万円もダウン。翌2015年も調子を取り戻すことができず、今度は1億8400万円ものダウン提示を受けてしまう。その後も不振により毎年のように年俸が下がり、2019年は1億6000万円になってしまった。

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最終更新:12/2(月) 11:14
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