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【書評】「命の選別」を問う:河合香織著『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』

2019/12/2(月) 15:30配信

nippon.com

斉藤 勝久

「命の選別」と論議を呼んできた出生前診断について、裁判やダウン症の関係者との取材に5年間取り組んだノンフィクション作家の作品だ。今年の大宅壮一ノンフィクション賞や新潮ドキュメント賞などを受賞した、渾身の作である。

生後3か月で死亡したダウン症児の裁判

冒頭のプロローグのタイトルが「誰を殺すべきか?」と衝撃的だ。出生前診断で「異常なし」とされたが、誤診で、生後3か月で亡くなったダウン症の赤ちゃんの両親が、医師と病院を相手に損害賠償の1000万円を求めた裁判が、本書の中心になっている。

地元の北海道には引き受けてくれる弁護士はなく、ようやく遠い東京の弁護士が担当することになった。両親は「検査の結果が正しく伝えられていたら、子どもは産んでおらず、子どもは苦痛の生を生きなくて済んだ」と主張した。医師側は「赤ちゃんの死亡について医師の責任はない。望まれた誕生ではなく、生まれて早期に死亡し、精神的苦痛を受けたとの論理は、生命倫理に反する」と反論した。

この裁判は、子どもが重い先天性障害を持って生まれた場合、もし医師の過失がなければ、障害を伴う自分の出生は回避できたはずだと、子どもが主体となる訴訟だった。「不当な生」などとも訳される「ロングフルライフ」(Wrongful life)訴訟で、日本で初めての裁判として注目された。

判決は医師の過失を認め、金額的に両親の全面勝訴となるが、苦しんで死んでいった赤ちゃんへの賠償は認められなかった。両親は「亡くなって帰ってきた我が子に、医師が『苦しい思いをさせて本当にごめん』と謝っていたなら、訴訟になどならなかったのに」と語る。著者は両親との面会を何度も重ね、世間には「ずるい」と非難されがちな親の思いを丁寧に書き綴っている。

「選ばねばならないお母さんが気の毒」

実は著者も35歳を超えた妊娠の時に、妊婦健診で胎児にダウン症が疑われる兆候があることを指摘され、担当医から出生前診断について説明を受けたことがあった。検査はしないと決意したものの、心が乱れ、きれいごとを言っていた自分を恥じた体験も述べている。

著者は裁判取材を続けながら、ダウン症の当事者や医療関係者にも耳を傾けていく。子ども病院の助産師の言葉が重い。「子どもの命を助ける病院なのに、出生前診断の導入で中絶の件数が増えている。子どもが必死に生きているのに、あえて同じ病院で中絶をしなくてもいいのではないか」

ダウン症の子を持つ親は、「今はこの子がいない人生なんて考えられない。でも、選択できたら、この子は生まれていなかったかもしれない。わからない方がいいこともある。選ばねばならないお母さんが気の毒」。選択できなくて幸運だったと思っている。

ダウン症児「潤」君の里親となり、実子らと一緒に暮らす50歳代の夫婦の話は胸を打つ。実子たちも年下の潤をかわいがった。潤の実母は一度、引き取りに来るが、潤は1か月ほどで戻ってきた。実母は世間の目を気にして、潤を買い物などに連れて行くことはできなかったという。里親は実母の苦しみを理解する。「うちも潤によって、色々な出会いをもらい、人の輪が広がっていった。潤のことで家族の会話も笑いも増えました」。潤の成長で、家族も成長した。

終章では日本で初めて、ダウン症で大学を卒業した人が紹介されている。染色体ではダウン症だが、知的、身体的な障害は認められない。「生まれてからわかる障害もたくさんあるのに、なぜダウン症だけ出生前診断の対象になるのでしょうか」「赤ちゃんがかわいそう。一番かわいそうなのは、赤ちゃんを亡くしたお母さんです」。そして、大きく息を吐いて言った。「怒りを通り越して、悲しみの方が大きい」

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最終更新:2019/12/2(月) 15:30
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