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街中に溶け込んでいる巨大な外堀──東京で見つける江戸 第1回

2019/12/3(火) 12:09配信

GQ JAPAN

「東京人」が、日常のなかで「江戸」を透視することはできないことではない。明治以前の東京=江戸の痕跡は、意外に少なくないからだ。とりわけ、江戸城周辺がそうだ。“城オタク”を自認する香原斗志がガイドする。

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空前の規模の城

徳川家康が1590年に駿府(静岡)から移ってくる以前は、15世紀に太田道灌が築いた小さな城があるだけの寒村だった。だから江戸の歴史は、たかだか430年しかないけれど、18世紀には人口が100万人を超える世界一の都市だった。

それにしては、東京に江戸を感じさせる遺構は少ない。だから、来年にはオリンピックも開催されるこの巨大都市がかつて江戸だったことを忘れている人もいるかもしれない。たしかに江戸の記憶は過去に3回、大きく破壊されている。文明開化の発信地として景観の欧化が進められたのが最初で、次が関東大震災、そして太平洋戦争の空襲でとどめを刺された。

欧米のように石造建築であれば、破壊されても痕跡が残るし再生もしやすいが、日本の伝統建築は木造だから、焼けたら最後、なにも残らない。だから東京は欧米の国々の首都とくらべると、伝統建築は残っていないに等しい。

しかし、ここで発想を変えてみよう。木でなければ残っているものもあるはずだ。たとえば石垣。石垣といえば城である。時々「東京に城があるんですか?」と真顔で聞かれることがあるが、やはり東京が江戸だったことが忘れられているのだろう。東京に城は、あるどころではなく、日本最大で、世界でも最大級の城がある。将軍家の居城、江戸城である。

江戸城は1868年、新政府軍に明け渡され、翌年から一部が皇居(当時は皇城)になった。そこにいまも残る大いなる江戸についてはおいおい見ていきたいが、広大な皇居は、繰り返すけれど江戸城の一部にすぎない。江戸城は皇居と皇居前広場、北の丸公園などで構成される内郭が周囲約2里(7.85キロ)、それを囲む外郭は周囲約4里(15.7キロ)にもおよぶ、空前の規模の城だったのだ。

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最終更新:2019/12/3(火) 12:09
GQ JAPAN

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