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プロ経営者・原田泳幸氏は、マクドナルドで結局「何をしたのか」

12/3(火) 7:01配信

現代ビジネス

 タピオカ飲料の大手で台湾発のティー専門店「ゴンチャ(Gong cha)」を運営するゴンチャジャパンが、原田泳幸氏を会長兼社長兼CEOとして招聘することを発表したのは11月26日のこと。原田氏と言えば「プロ経営者」として有名で、とくに日本マクドナルドの会長・社長・CEOを務めたことで知られる。

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 任期終盤は業績悪化に苦しみ「疫病神」などと言われた原田氏だが、実際のところマクドナルドでどのような経営をしていたのか。以下は、その功罪を検証した「逆回転するマクドナルド 「プロ経営者」原田泳幸の米国式経営はなぜ裏目に出たか」(「G2」2015年5月22日号に掲載)である。

 (肩書き、年齢、所属などは当時のもの。文中敬称略)

「マックからマックへ」

 その日、ひとつの時代が終わりを告げた。3月下旬、日本を代表する「プロ経営者」、原田泳幸(66)は1200人ほどの株主を前に日本マクドナルドHD(以下、事業会社の日本マクドナルドも含めて「マクドナルド」と表記する)での最後の仕事に臨んだ。株主総会の議長という仕事に――。

 いつも以上に沈んだ声、相次ぐ読み間違い。

 「例年にもまして覇気がなかった」と出席した株主は語る。

 原田はこの日、2004年から11年間にわたって務めていた同社の取締役を退任した。だが、株主の反応は冷たいものだった。質問は業績不振の原因に集中し、彼を労う声はなかった。

 歯がゆかったのか、原田は株価について言及した株主に対して、

 「私が就任した当時の株価は1400円まで低迷していたが、就任期間中に最高で2900円までいった」

 と答えたものの、会場から目立った反応はなかった。株主が聞きたかったのは過去の栄光ではなく、謝罪の言葉や立て直しに向けたビジョンだったのかもしれない。「プロ経営者」と呼ばれ、その経営手腕を褒め称えられた男の最後にしてはひどくあっさりしたものだった。

 2004年、原田がアップル日本法人のトップからマクドナルドとのCEO(最高経営責任者)に転籍したさい、大手新聞は「マックからマックへ」と鮮烈に報じた。

 実際、原田の手による“米国式”改革は当初、はなばなしい成果を納めた。ところが、彼が強力に推し進めた改革のマイナス面が近年になって次々と表面化している。短期的には大成功に見えた改革そのものが、皮肉なことに経営の“逆回転”を引き起こしたことでマクドナルドの足を引っ張り始め、同社の強さを奪う結果になっているのだ。

 原田は2013年8月にCEOの座を後任のサラ・カサノバ(48)に譲り渡したが、原田改革の負の遺産は、現在のマクドナルドの苦境として数字にはっきりと現れている。2014年には創業以来で最悪の経常赤字79億円に転落。2015年1~3月に至っては既存店売上高が前期比3割減という惨状を呈している。

 さらにマクドナルドは4月16日には、2015年の業績見通しを発表。売上高の減少や店舗の改装費、フランチャイズ(FC)への支援策に経費がかさみ、経常損失は310億円、当期純損失は380億円と、ますます悪化する見通しを示した。

 現在の苦境を原田自身はどう考えているのか。今年1月、ある雑誌のインタビューに原田は「疫病神批判に答えよう」として次のように語っている。

 「マクドナルドの不調について、一部のメディアが私だけに原因があったかのように報じています(略)米国本社から赴任してきたCOO(最高執行責任者)に実務を任せてからは約二年がたっています。その事実は理解してほしいと思います」

 現在の業績不振に自分は関係ないと主張しているようにも見える。

 筆者は原田のことを“疫病神”と中傷する気はさらさらない。ただ、この発言を聞くかぎりでは彼の無責任さのようなものを強く感じる。原田が2010年から2014年までの5年間に同社から得た役員報酬は、総額約15億円に達した。その経営者が、「米国の人間が経営をしていたことを理解してくれ」と言って、業績不振に苦しむ従業員や株主たちの理解を得られるだろうか。

 本稿では、原田がいかにして2000年代の苦境にあったマクドナルドを好転させて行ったのか、そしてまさに会社を立て直したそれらの改革が、どのようにしてマクドナルドの足かせとなっていたのか、その“経営の逆回転”の軌跡を追っていくことにする。

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最終更新:12/3(火) 18:50
現代ビジネス

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