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プロ経営者・原田泳幸氏は、マクドナルドで結局「何をしたのか」

12/3(火) 7:01配信

現代ビジネス

徹底したコストカット

 続いて(2)サプライヤー変更である。マクドナルドにとって、サプライヤーは極めて重要な位置づけを持つ。米マクドナルドの創業者、レイ・クロックは自伝『成功はゴミ箱の中に』でサプライヤーが創業時にどれだけマクドナルドを支援してくれたか、そのことにどれほど感謝していたかを詳細に書き残している。

 先にふれた日本マクドナルド創業者の藤田もサプライヤーを大事にした。創業当時、藤田は米マクドナルドの言いなりになるのを嫌い、信頼できる日本のサプライヤーを選んだ。配送は富士エコー、パンはフジパン、ハンバーグはスターゼンといった具合である。これらのサプライヤーもまた藤田を支えた。両者は蜜月関係にあった。

 だが、1990年代後半からサプライヤーに「米国化」という異変が起こる。まずは1997年、マクドナルドはフジパンと契約を縮小する。後釜に座ったのは、米マクドナルドにパンを供給していたイーストボルドグループと、加工食品のニチレイが共同で設立した合弁会社イナ・ベーカリーだった。

 原田就任以降の2009年には、ハンバーグを供給して来たスターゼンと、米国の食肉加工大手・OSIグループが合弁会社を立ち上げた。2012年には配送を担っていた富士エコーが契約を打ち切られ、グローバルに展開する大手配送の子会社、HAVIサプライチェーン・ソリューションズ・ジャパンがその後を継いだ。

 富士エコーからHAVIに契約を切り替えた件について、マクドナルドは、「個別の取引には回答を差し控える」としている。一般的に考えれば、これらの変更は全て、米本社のサプライヤーと一体化することで、コストを削減するために行われた――という見方ができるだろう。

 (3)のコストカットのための強烈な人員削減も、原田改革のひとつだ。後述する“FC化”の影響もあり、従業員数は2007年末の4997人から2014年末には2679人まで減少している。ちなみに直営店の労務費は同じ期間で1166億円から517億円と、ほぼ半減している。

 現場社員に対する“首切り”の圧力も大きかったようだ。複数のOBや現役社員の証言を組み合わせると次のような方法がとられたと見られる。

 マクドナルドの店舗社員の人事評価は4段階。上から2番目という平均的な評価を得ている社員の中でターゲットを決めて評価を一番下にする。評価の急な変更には自主的な退職を促す狙いがあったという。

 人員削減には、コストカットに加え、原田のワンマン体制への志向も見え隠れしていた。やはり関係者の証言によれば、就任直後は藤田時代の幹部一掃を狙い、「ほどなくリストラを開始した」(元幹部)とされる。

 「(リストラは)定期的にやっていた。もう季節の恒例行事という感じだった」(OB)
「意見を言う人はみんな消えた」(元社員)

 2006年にはナイキジャパンの部長だった臼井興胤(現コメダ社長)をCOOとしてスカウトしたものの、1年足らずで解職、訴訟沙汰になっている。2005年に代表権を持つ取締役に就任していた生え抜きの下平篤雄も、2009年には最大手FCのクォリティフーズに出向、そのまま転籍させている(2015年、本社の代表取締役に復帰)。とくに後者は、原田の意向が強く働いた人事とされている。

 マクドナルドから社外に出た人材も多い。ファミレス最大手のすかいらーくには10人以上の幹部・中堅社員が転職している。他にもモスフードサービス、バーガーキング・ジャパンなどに移った幹部がおり、彼らは現在もそこで力を発揮している。

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最終更新:12/6(金) 14:46
現代ビジネス

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