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相模原事件被害者・尾野一矢さんめぐる大きな取り組み

2019/12/4(水) 12:29配信

創

●はじめに

 相模原障害者殺傷事件から3年余が経った。ここに掲載するのは月刊『創』2019年11月号に掲載された座談会だ。事件の被害者であった尾野一矢さんのこの3年の経緯についてに貴重な内容だ。
 座談会に入る前に、津久井やまゆり園の事件をめぐるその後の経緯を簡単に説明する。
 神奈川県は当初、利用者家族の意向を踏まえて、津久井やまゆり園があった地に、事件前と同規模の大規模施設への建て替えを決定した。
 ところが、この再建案に対し、障害者団体などから「大規模施設の再建は、『施設から地域へ』という流れに逆行する」との反対案が続出し、いったん県の再建計画は頓挫してしまう。その後、県は有識者らからなる会議などの提言も踏まえ、2019年6月、従来より規模を縮小した定員66名の施設を、津久井と横浜市内の2カ所に整備する方針を明らかにしたほか、利用者自身が「施設か地域か」を選択できる「意思決定支援」の試みもスタート。現在では、地域への移行を考える人たちも出始めている。
 今回の座談会では、その一人である尾野一矢さんの父親・尾野剛志さんと、一矢さんの地域移行を支援するNPO法人自立生活企画(東京都西東京市)の介助者・大坪寧樹さんから、その経過と今後の課題などをうかがった。
 一矢さんは、事件時に首や腹を刺され、瀕死の重傷を負ったものの、今は元気に回復し、剛志さん夫妻の住む神奈川県座間市内での「自立生活」への道を模索している。知的障害者による自立生活は、神奈川県内では初めての試みとして大きな注目を集めている。
 座談会の進行役を務めるのは、『こんな夜更けにバナナかよ』の著者で、相模原事件についての取材を続けているノンフィクションライターの渡辺一史さんである。 (編集部)

「地域か施設か」ではなく息子が幸せであればいい

渡辺 一矢さんの自立生活への試みは、今後、知的障害者の生き方の選択肢を広げる意味でも、また、この事件を考える際の数少ない希望の一つでもあると思います。とはいえ、当初、尾野さんは、従来通りの大規模施設を再建してほしいというお考えだったんですよね。
尾野 そうなんです。
渡辺 それが180度変わったのはなぜなんですか。
尾野 事件から約1年経た2017年5月27日に「津久井やまゆり園を考え続ける対話集会」という会にゲストとして呼ばれて発言しました。その際、質疑応答になったときに、僕が矢面に立たされてがんがんつつかれたんです(笑)。
渡辺 大規模施設の再建に反対する人たちから、批判を受けたということですか。
尾野 そうそう。僕のところに質問が来て、「なぜ自分の息子さんを施設の中に閉じ込めておくんだ」とか「息子さんを解放してあげなさい」と言ってくる。とにかく大規模施設は必要ないの一点張りだったんですよ。
 僕は別に大規模施設に固執してるわけじゃなくて、重度の知的障害の人たちを受け入れてくれるところがあれば、グループホームでもいい。一矢が幸せであるならそれでいいんです。でも、まわりに一矢を受け入れてくれるようなグループホームはない。あなたがたが批判すべきは僕じゃなくて、行政じゃないかと。そう言ってもわかってくれないんです。
 でも、その時、僕と同じくゲストとして集会に参加されていた早稲田大学教授の岡部耕典先生が、僕に味方してくれてね。「私も地域移行は大切だと思うけど、尾野さんの考えはもっともだ」と。
渡辺 岡部さんは、福祉社会学・障害学の専門家であると同時に、一矢さんと同じく重度の知的障害と自閉症のある息子さんをお持ちですよね。同じ親として、尾野さんの気持ちを最も深く理解できる立場でもあったということですね。
尾野 そうなんです。そして、ちょうどその頃、映画『道草』を撮影している最中でしたから、その岡部先生を通して、映画監督の宍戸大裕さんとも知り合うようになったんです。

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最終更新:2019/12/30(月) 11:47

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