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相模原障害者殺傷事件・植松聖被告が面会室で語ったこと

2019/12/4(水) 13:23配信

創

ロフトプラスワンでのトークと打ち上げでの話

 10月14日、新宿のロフトプラスワンで「相模原障害者殺傷事件の真相に迫る!」というトークと上映会が開かれた。企画したのは、相模原事件を素材にしたドキュメンタリー映画『生きるのに理由はいるの?』を製作・監督した澤則雄さんだ。映画を上映した後、澤さんのほかに『こんな夜更けにバナナかよ』の原作者である渡辺一史さんと、『いかにして抹殺の〈思想〉は引き寄せられたか』を先頃上梓した精神科医の高岡健さん、それに私が登壇してトークを行った。渡辺さんも相模原事件については『なぜ人と人は支え合うのか』という昨年末に上梓した本で詳しく論じている。
 会場には障害者施設や福祉関係者も大勢来ていたが、興味深かったのは、本誌前号の「相模原事件被害者・尾野一矢さんめぐる大きな取り組み」で触れた「津久井やまゆり園を考え続ける会」のメンバーが何人か来ていたことだ。前号の記事は、津久井やまゆり園の家族会前会長である尾野剛志さんをまじえて、大規模施設と自立生活の問題を論じたのだが、その議論の一方の当事者がそのロフトの討論会に来ていたわけだ。それがどういう議論であるかは本誌前号をぜひご覧いただきたいが、終了後の打ち上げも「考え続ける会」メンバーが参加し、大いに盛り上がった。これについては改めて取材し、本誌次号で取り上げたいと思う。
 そのロフトプラスワン登壇者のうち渡辺さんについては、本誌前号の座談会にも出ていただいているし、このところ取材などでご一緒することも多い。またもう一人の高岡さんは、植松聖被告が一方で戦争反対を掲げていることに着目して論を展開しており、この日の話もいろいろ参考になった。
 私はそのトークで、直前の10月11日に植松被告に接見した時の内容を話した。植松被告とはもう2年間のつきあいで、彼へのインタビューは昨年出版した『開けられたパンドラの箱』でまとめている。同書で植松被告の主張や考え方については把握できると思うのだが、事件から3年を経て、植松被告の主張は、根本は変わらないのだが、細部については微妙な変化も見られる。
 この事件のポイントは、障害者施設で福祉の担い手だったはずの職員がなぜあのような考え方に変わっていったのか、ということだ。昨年あたりから植松被告は、事件前年の2015年夏に転職を考えていろいろ福祉の勉強をする過程で疑問を感じるようになったという話をするようになった。その時に実際に転職していればあの事件も起きなかった気がするのだが、ともあれ事件1年前の夏から彼の考え方がどのように変わっていったのかについては、もっと細かい検証する必要がある。
 そしてもうひとつ、植松被告は施設職員として見聞きした体験を通して考え方が変わっていったと主張する一方で、小中学校の時に障害を持った子がそこに通っていたことを昨年頃からよく話すようになった。これも彼にとっては重要な体験であるように思うのだが、実は私が接見する前の10月7日、その当時の学校の教師2人が接見に訪れていた。それゆえ11日の接見では当然、その小中学校での体験に話が及んだ。

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最終更新:2019/12/4(水) 13:23

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