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電通時代に学んだ「したたかな交渉術」31歳“ベンチャー・パン屋さん”が語る

2019/12/4(水) 8:47配信

bizSPA!フレッシュ

3年で名古屋の交通広告を全部把握

――そのような志を抱いて入社されたわけですが、どのような仕事を担当されてのでしょうか?

矢野:電通には本社、関西支社、中部支社とあるのですが、僕は第一志望の中部支社に希望通り配属されました。中部支社を選んだのは、幅広くいろいろな案件を取り扱えると考えたからです。

 その中で、僕は中部OOH(アウトオブホームメディア=屋外広告)という部署で、具体的には電車や駅の広告媒体を取り扱っていました。東京本社や関西支社のクライアントさんが名古屋の鉄道広告に出稿する際の窓口となり、名古屋に出稿する際は全て僕がさばいていましてね。

 もうひとつの大きな仕事は、中部支社のクライアントさんが全国向けに鉄道広告を使ったプロモーションをする際の設計や企画をしていました。ここで丸3年働く中で名古屋の交通広告を全部把握し、その周辺のOOH媒体という4マス(新聞、雑誌、ラジオ、テレビの4つのマスコミ媒体)とウェブ以外の媒体は、全て取り扱えるようにはなりましたね。

常に「1位として君臨し続けるか?」

――やはり業界1位の企業は違いましたか? 電通で働いたことで2位との差をどこに感じたのでしょうか?

矢野:1位はそのポジションを常に守らなければいけないので、「仕事に細心の注意を配り、プライドもすごく高い」ということが良くも悪くもありましたね。

 加えて、世の中にたくさんのプロモーション案件などがある中で、他の代理店さんだと仕切れないような案件が「電通ならなんとかしてくれるだろう」という期待から回ってくることがよくありました。そして、実際にその案件をしっかりやり切りますので、そういった意識や行動の違いだと思います。

 電通はやはり帝王学として、全社員が「どう1位として君臨し続けるか?」を常に考えています。業界の2位以下の方と話をしていると「俺たちはどうせ2位だから、3位だから…」という言葉が聞かれるのですが、一方で電通の社内では「俺らがやらなければ誰が仕切るんだ!」という意識が結構強いんです。もちろんプレッシャーも大きくて、押しつぶされそうになったりすることもありますが…。

――そんなやりがいのあった仕事を3年でやめた理由は? まだまだ大変だけど楽しい仕事があったような気がするのですが。

矢野:「やり切った」と感じたからです。本社などに比べて規模が小さい中部支社なので、その分、ひとりに与えられる裁量も大きくて、当時の本社でいうと6年目とか7年目でやる仕事をひとりで全部やっていました。全部やり切って自分が作った案件がしっかり形になっていたので、次の部署に行くかどうしようか迷っていたときに、次の部署でやれることも見えてしまっていたので転職しようと思ったのが5年前ですね。

 そしてこのやり切った期間に会社から多くのことを学ばせてもらったのですが、その中で今の仕事でも生きていることが大きく分けて2つあります。1つは交渉の仕方。こればかりやっていたので、対企業・対個人それぞれに対するコミュニケーションの取り方はとても勉強になりました。というのは、やっぱり会社を離れてから思うのは、電通には圧倒的にしたたかな方が多いということです。これが僕の財産になっているところはすごくあります。

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最終更新:2019/12/4(水) 8:47
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