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エラシコ、ヒールリフト、ダブルタッチ。 各フェイントの王様は?

2019/12/4(水) 6:10配信

webスポルティーバ

スポルティーバ・新旧サッカースター列伝 第14回

ドリブルはサッカーのプレーの一つだが、そのドリブルのすばらしさでファンを熱狂させ、喜ばせてきたスターがいる。「ドリブル王選手権」の4回目は、数々のオリジナルフェイントにまつわる逸話と、選手たちの紹介だ。

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<オリジナルドリブル王選手権>

 フェイントに自分の名前がついている、またはその選手のトレードマークみたいになっている。オリジナル部門については、やはりそれぞれの発明者の優勝になるだろう。

 キックフェイントから立ち足の後ろを通す切り返しは「クライフターン」と呼ばれている。もちろん発明者はヨハン・クライフだ。本当のところクライフがこれを最初にやった選手かどうかはわからないが、もう名前がついてしまっているのだから優勝である。実際、このフェイントモーションは後代の多くの選手が使っているが、そのキレと効果という点で元祖を超える者は現れていない。

 ジネディーヌ・ジダンの「マルセイユターン」も有名だ。「ルーレット」とも呼ばれている。右足のインサイドか足裏でボールを引き、さらに左足の裏で引きながら、くるりと1回転するアレだ。実はこのフェイントはジダン以前からあったが、とくに名前はついていなかった。

 有名になったのはやはりジダンが使ったからで、動作の滑らかさとスピード感は格別だった。ジダンがこれをやると観客は沸き、チームメートは勇気を与えられ、本人も調子の良さを確認するという感じがあった。ジダンの優勝。

 アウトサイド→インサイドの連続切り返しである「エラシコ」はロベルト・リベリーノ(ブラジル/1970年、74年、78年W杯で活躍)が元祖として有名だが、もとはユース時代の友人だったセルジオ越後がオリジナルだそうだ。どちらもエラシコの名手だったわけだが、これに関してはオリジナルが優勝ではない。

ブラジルの後輩たちがかなりうまいのだ。まず"フェノメノ"ロナウド(94年アメリカW杯メンバー、98年、02年、06年W杯で活躍)がすばらしかった。速かったし、リベリーノよりかなり大柄ということもあって、ボールの動く幅が違う。豪快なエラシコだった。さらに上を行く感じだったのがロナウジーニョ(02年、06年W杯で活躍)だ。ナイキのコマーシャルで有名になったが、アウトのワンタッチ目が浮いていた。ムチがしなるようなエラシコで、優勝はロナウジーニョとしたい。

<ネイマールに引き継がれたヒールリフト>

 相手の頭越しに浮かせて抜く「シャペウ」。こちらも名手はブラジル人が多い。代表的なのは1958年W杯決勝のペレだ。当時17歳、浮き球をコントロールしてDFをひとり外し、次に突っ込んできた相手をシャペウで抜いてボレーシュート。サッカー史に残る名場面のひとつである。

 この58年大会のMVPだったジジは、特殊なシャペウを得意としていた。カカトでボールを跳ね上げて背中越しに浮かせるプレー。このヒールリフトは、たぶんサッカーを始めたころに誰もが挑戦したであろう技だが、「ジジのフェイント」とも呼ばれていたそうだ。ジジは「フォーリャ・セッカ」(=枯れ葉)と呼ばれた壁を越して落とすFKの名手としても知られていた。

 ただ、ジジによるジジのフェイントは古い映像を探したが確認できなかった。曲芸的な技なので使う人はさすがに少ないが、現在でもネイマールは頻繁にこれをやっている。

 コーナーフラッグ付近で相手に背を向けた状態から、振り向きざまにアウトサイドですくって頭上を抜く技もある。何と呼ぶのかは不明なのだが、アルフレッド・ディ・ステファノが使っていた映像は確認できた。日本では木村和司とラモス瑠偉が使っていたのを見たことがある。

 浮いているボールからシャペウへの移行はよくあるが、地面にあるボールをすくい上げるのは難度が高い。シャペウ部門はヒールリフトを現代に蘇らせたネイマールの優勝としたい。

※アルレッド・ディ・ステファノレアル・マドリードの欧州チャンピオンズカップ(現チャンピオンズリーグ)創設(1955-56シーズン)からの5連覇に貢献した名プレーヤー。アルゼンチン、コロンビア、スペイン代表でプレー

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最終更新:2019/12/4(水) 6:10
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