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西武優勝の要因となったケガ人の少なさ。選手の体調管理に尽力したトレーナー/ライオンズ「チームスタッフ物語」Vol.07

2019/12/5(木) 11:03配信

週刊ベースボールONLINE

首脳陣を含めて91人――。ライオンズで支配下、育成選手72人より多いのがチームスタッフだ。グラウンドで躍動する選手たちだけではなく、陰で働く存在の力がなければペナントを勝ち抜くことはできない。プライドを持って職務を全うするチームスタッフ。獅子を支える各部門のプロフェッショナルを順次、紹介していこう。

広島チーフトレーナーが語る黒田の身体の謎

中学時代のケガを思い出して

「西武はなぜケガ人が出ないんですか」

 ソフトバンクからFA宣言した福田秀平が西武との交渉に臨んだ際、渡辺久信GMにこのような質問を投げかけたという。今季、リーグ連覇を果たした西武だが長期離脱する主力が少なかったことも大きな要因となった。ここ数年、力を入れてきたメディカル部門の強化が実を結んでいる証拠だが、その一人として、優勝を陰から支えたのが山本健一軍チーフトレーナーだ。

「選手が頼ってきてくれていたので、それに応えたいと思っていただけです」と謙虚に話す山本トレーナーだが、この道を志したのは大学生のころだった。自身も幼いころから野球をプレー。しかし、軟式野球部に入った中学生時代、投球練習中に肩を痛めた。

「投げていて“パンッ”と音がしたんですね。今だったら分かるんですけど、右肩の回旋腱板を損傷したんでしょう。そのときは“なんか肩が上がらなくなったな”と思って針治療をやったんですけど、まったく良くならなかったんですよね」

 高校では野球をあきらめ、サッカーをプレー。全国大会に出場したこともあった強豪校だったが、卒業して仙台から上京後、大学では遊び程度にラクロスをプレーするだけだった。スポーツの道から外れた日常を過ごすなか、将来の職業として「スポーツの仕事にかかわりたい」という思いを抱くようになる。そのとき、ふと頭に浮かんだのが中学時代に野球でケガをしたことだった。

 思い立ったら、行動は早かった。当時はインターネットなどない。どうすれば自分の希望する道に進めるのか。専門誌を読み、そこに寄稿している大学教授に手紙を送って相談した。返事もしっかり来たというが、自分の夢を実現するために大学卒業後は地元・仙台にある鍼灸の専門学校へ。3年間、国家資格を取るためにひたすら勉強に打ち込んだ。

 専門学校を終え、就職したのは小守スポーツマッサージ療院。創業したのは鍼灸按マッサージを一つの治療メソッドとして確立し、トレーナーの必要性をスポーツ界に認識させたと言われる小守良勝氏だ。同療院で働きながらスポーツマッサージの技量を上げた。転機は2004年。同療院はもともとトレーナーを西武に派遣するなど球団とつながりがあった。西武のトレーナーがやめたタイミングで白羽の矢が山本に立ち、2つ返事でプロ野球界に飛び込んでいった。

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最終更新:2019/12/5(木) 18:24
週刊ベースボールONLINE

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