ここから本文です

【連載】『原一男のアメリカ凸凹疾走ツアー第2回』スコセッシとヤンキー・スタジアム

2019/12/5(木) 17:37配信

キネマ旬報WEB

2019年6月、北米4カ所にて、ドキュメンタリー監督・原一男の業績を称える大々的なレトロスペクティブが開催された。それに合わせ現地へと赴いた原監督(プロデューサーの小林佐智子、島野千尋が同行)。果たして、日本が誇るドキュメンタリーの“鬼才”はアメリカといかに出逢ったのか? 
監督自らが綴る旅の記録、第2回!!

NY番外篇~とある既視感

今回のアメリカツアーが実現した背景には、それぞれのイベントのキュレーターたちの情熱と、映画のセンスが重要だったとつくづく思う。つまり、彼らが私たちの作品を選んでくれたからこそ、実現したわけだからだ。
MoMA のキュレーターのジョシュア・シーゲルは、2009年にアメリカで出版された“CameraObtrusa”(拙著『踏み越えるキャメラ―わが方法、アクションドキュメンタリー』〈フィルムアート社〉と『ドキュメント ゆきゆきて、神軍』〈皓星社にて復刻〉をベースに翻訳)にインスパイアされて、今回のイベントを発想したようなのだ。MoMA の初日にマイケル・ムーアをトークゲストとして呼んだのも、彼の尽力によるものだ。おかげでニューヨーク・タイムズ紙やニューヨーカー誌に寄稿する著名評論家たちがこぞってこの企画を注目、原稿を書いてくれた。彼の狙いは当たったわけだ。その彼が、イベント終了後、マーティン・スコセッシ監督の新作ドキュメンタリーのプレミア上映があるので観に行かないか、と声をかけてくれた。
チケットはすでにソールドアウト状態で、入手できるかどうかわからないが手配してみる、と彼は言い、なんとか2枚確保してくれた。チケットを持って上映会場のリンカーンセンターへと出かけた。さすがに世界の巨匠マーティン・スコセッシ作品だし、主演は、ノーベル賞を受賞したあのボブ・ディランとくれば、ニューヨークっ子は見逃せないだろう。劇場は大勢の観客でごった返していた。中に入ってさらに驚いた。昔、歌舞伎町に新宿ミラノ座や新宿プラザ劇場という巨大な劇場があったが、それ以上の劇場だった。私たちの指定席は、一番後ろ。全体がよく見渡せる。が、舞台挨拶をするスコセッシの顔は遠すぎて、よく判別できなかった。


さて、スコセッシ監督の新作ドキュメンタリー、タイトルは“Rolling Thunder Revue” で、ボブ・ディランの1975年のツアー「ローリング・サンダー・レヴュー」を追ったもの。プレスリリースによれば、同年の「アメリカにおける複雑な状況や、ボブ・ディランが演奏する喜びに満ちた音楽」を描いた作品。そう書いてあるが、私は英語が得意ではないので、作品の全容を理解できたとは言えない。が、映画の手法は、おおよそ分かる。観客席からは、時々笑いが起きていたから、観客は面白く見ていたのだろうと思うが、私のなかではある既視感が渦巻いていた。
1992年のことになるが、私は「文化庁1年派遣芸術家在外研修員」として、1年間NYに滞在していた。そこでアメリカと日本のドキュメンタリーの違いを洞察することで、ドキュメンタリー表現のおもしろさを学びたい、と考え、アメリカのドキュメンタリーを意識的に観た。語学力の問題で十分な本数を観られなかったが、おぼろげながらアメリカのドキュメンタリーの特徴のようなものがつかめた気がした。そして日本のドキュメンタリーの特徴も。あくまで、まだ仮説段階だが、アメリカのドキュメンタリーの特徴を一言でいえば「まず批評ありき」だと思った。ひるがえって、日本のドキュメンタリーの特徴、それは「まずは共生すること」であると思った。


スコセッシの新作を、言葉が分からないなりによく観ていると、観客の笑いが起きるシーンは、ボブ・ディランが何かに対して辛辣な意見を述べる、その言葉、つまり「批評」に反応しているようなのだ。他の出演者のシーンでも、そうなのだ。言葉=批評に反応している。日本のドキュメンタリーでも、言葉に観客が反応してはいる。しかし、冷静で論理的な言葉=批評というより、言葉に濃密な感情が込められている場合が圧倒的に多いように思う。日本の観客は、言葉に込められた感情に共感し、感情を吐き出す主人公の生き様、死に様に共感している、そんなふうに思うのだ。
20年以上も前に、そんなことを考えていたなあ、と私はスコセッシの作品を観ながら思い出していた。そんなアメリカのドキュメンタリー観を抱いている私にとって、この作品は典型的なアメリカのドキュメンタリーだと感じられたのだ。
いや、もちろん全てのアメリカのドキュメンタリーがそうだとは言い切れないだろう。私が知らない作品、作家が存在するかもしれない。そんなことを考えていると、改めてアメリカのドキュメンタリーを研究してみたい気持ちが、私の中で浮上してきた。

1/3ページ

最終更新:2019/12/5(木) 17:37
キネマ旬報WEB

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事