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モノサス、ターボ、アルミフレーム…… 現代のバイクシーンにつながる「昭和に生まれた技術」

2019/12/5(木) 6:04配信

モーサイ

1970年(昭和45年)辺りから1980年代終わりまでの約20年間、バイクに関わる技術(発想・構造・生産技術・材料など)は驚くほど進歩した。
これまでの技術を発展させたものからまったく新しいものまで、さまざまな技術が登場。この時代の技術進歩がなければ現代のバイクが生まれなかったかもしれない。

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油圧ディスクブレーキは1969年のホンダCB750FOURのフロントから、無接点点火のCDI(最初に注目されたのは1969年のカワサキ・マッハIII。以後2ストやオン・オフモデルに普及)やフルトランジスタ(1970年代終わりまでにはオンロード4気筒を中心に普及)、さらにアルミフレーム、リヤの1本サスなどもこの時代に登場。国内でのキャストホイール採用も1978年からだ。

今回はそのなかからエポックなものを挙げてみよう。

「空飛ぶサス」から始まった1本サス

リヤショックが1本になったのは1973年3月の全日本モトクロス開幕戦。
ヤマハはYZM125/250にカンチレバー式の“モノクロス”を装着し両クラスで優勝。ストローク量と路面追従性は2本サスの比ではなく、YZMだけ高々とジャンプし「空飛ぶサス」と言われた。

市販車ではDT250(1977年)で初採用。その後1980年代前半にかけてカワサキのユニトラック、ホンダのプロリンク、スズキのフルフローターといったリンク式が登場し、ロードモデルでも1980年のRZ250/350、1981年のCBX400Fと次々に1本サス化した。

パワーを安定して出すなら水冷

国産市販車の水冷化は、スズキの2スト3気筒GT750(1971年)で始まった。4ストではホンダがGL1000(1974年)、GL400/500(1977年)とツアラーに採用し、カワサキは6気筒Z1300(1979年)を水冷化。

そしてヤマハのTZレプリカRZ250/350(1980年)、ホンダのVT250F(1982年)とスポーツモデルでも水冷化が加速した。

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最終更新:2019/12/5(木) 12:50
モーサイ

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