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大河『麒麟がくる』で続々刊行される「明智光秀本」でどの本を選ぶか?

2019/12/7(土) 6:03配信

サライ.jp

元『歴史読本』編集者が、20数年来の軌跡から推薦するこの一冊

筆者/安田清人(歴史書籍編集プロダクション三猿舎代表)

藤田達生(ふじた・たつお)『明智光秀伝──本能寺の変に板会う派閥力学』がいよいよ刊行された。

NHK大河ドラマ『麒麟がくる』の放送が決まって以来、主人公である明智光秀について取り上げる書籍や雑誌の特集が引きも切らない。

しかし、本書の著者・藤田氏は、過去20年以上にわたり、「本能寺の変」と真正面から格闘してきた歴戦の闘士であり、本能寺の変研究のパイオニアでもある。要するに「年季の入り」が違う。

本書において、藤田氏は年来の光秀と本能寺の変についての持説をさらにパワフルに展開し、確かな史料に基づく肉付けを図っている。

その具体的な内容について分け入る前に、なぜ私がこの原稿を書くに至ったのかについて、少々ご説明したい。そもそも私は歴史の書籍や雑誌を手掛ける編集者であって、歴史の専門研究者ではない。にもかかわらずなぜ『明智光秀伝』に言及するのか。そのあたりの事情についても、説明が必要だろう。

今から23年前の1996年の初夏の頃、私は千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館で、当時、同館の考古研究系で助手をしておいでだった千田嘉博氏の研究室に足を運んでいた。千田氏は、城郭考古学の研究者で、現在は奈良大学教授となっている。当時、千田氏と進めていた仕事についてひと通り話を終えたとき、突然千田氏が語り出した。

「ねえねえ、安田さん、あれ読みました? フジタ・タッセーさんの論文」

フジタ・タッセー? 心当たりはなかった。千田氏いわく、名古屋大学に事務局を置く中世史研究会が発行している『年報 中世史研究』に、驚くべき論文が掲載されたという。

「タッセーって、どう書くんですか?」
「達するに生きる、って書くんですよ」

藤田達生……、織豊系城郭、すなわち織田信長や豊臣秀吉の統一政権によって、「規格化」された特徴を持つ、近世的な城郭について研究を発表し、丹波八上城についての論文を書いている研究者の方だというくらいの知識はあった。

「どんな論文なんですか?」
「本能寺の変の謎を解き明かした、という論文なんですわ」

もしこの論文に書かれている内容、論証が事実ならば、という但し書き付きだが、藤田論文は本能寺の変の真実を解き明かしてしまったというのだから驚きだ。

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最終更新:2019/12/7(土) 6:03
サライ.jp

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