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「リステア」創業者の高下氏が語る、創業から辞任までの舞台裏

2019/12/7(土) 20:30配信

WWD JAPAN.com

「平成に最も輝いたラグジュアリー・セレクトショップ」といえば「リステア(RESTIR)」ということに、当時を知る業界関係者なら誰もが異論はないだろう。そのリステアを率いた高下浩明氏が4月28日付で社長を辞め、会社にも別れを告げた。2015年4月28日にトゥモローランドが筆頭株主になってからちょうど4年の月日がたっていた。来年の再始動を前に、当時のリステアが輝いていた理由や目指していたビジネスモデル、今後の展望などを聞いた。

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―なぜ創業したリステアを辞めたのか?

高下浩明(以下、高下):平成に入る直前に始めたビジネスだったので、31年経ち、平成が終わるタイミングで辞めることを決めた。

高下氏は1987年に婦人服専門店「ルシェルブルー」を神戸でスタート。1990年代にセレクトショップにオリジナル商品をミックスしたセレクトSPA型にシフトすることで一気に業容を拡大した。そうした中、2000年にスタートした大型セレクトショップ事業が「リステア」だった。第1号店は神戸だった。

―当時なぜ大型のセレクトショップを?

高下:ファッションを中心に世界中から新しいものを集めてお客さまを感動させたい!という思いがあった。

翌年の01年に銀座に路面店を出店すると、欧米のラグジュアリーブランドとの取引きが本格化。05年には社名をリステアに変更した。グッチ(GUCCI)グループ(現ケリング)とバレンシアガ・ジャパン(BALENCIAGA JAPAN)を設立したり、ゴールドマン・サックス(GOLDMAN SACHS)と合弁会社も設立するなど、ラグジュアリーを起点に事業の多角化を推し進めた。

07年3月、東京ミッドタウンに2フロア1000平方メートルの旗艦店をオープン。立ち上げ時に「シャネル(CHANEL)」のポップアップストアを仕掛け、一大センセーションを巻き起こした。今は「イセタンサローネ」になっている場所だ。

―「シャネル」との取り組みの背景は?

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最終更新:2019/12/10(火) 18:09
WWD JAPAN.com

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