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「リステア」創業者の高下氏が語る、創業から辞任までの舞台裏

2019/12/7(土) 20:30配信

WWD JAPAN.com

高下:「シャネル」との取り組みは1本のメールから始まった。注目を浴びる商業施設のオープニングなので一緒に面白いことを仕掛けませんかと、自分からメールを送った。そこからジャパン社のリシャール・コラス(Richard Collasse)社長(当時)と意気投合し、パリ本国も大いに乗り気になってくれた。

当時、銀座や表参道にはラグジュアリーブランドの旗艦店がたくさんあったが、六本木には六本木ヒルズにいくつか出店しているほかはほぼ空白地だった。しかも、渋谷・新宿・東京・品川といった東京の大ターミナル駅のどこからも同じくらいの距離感で、いわゆる東京の真ん中にあるのが六本木だった。そこに「リステア」はラグジュアリーブランドを集め、いわゆるセレブが買い物できる空間をつくった。こうした鋭い嗅覚は高下氏ならではのものだ。

ー「リステア」は黒を基調とした内装で、VIPルームでは女優やスポーツ選手、アーティストなどのセレブがくつろいだり、盛り上がっていたりしたのが懐かしいですね。

高下:お客さまが目立ないよう暗い店にして、あえて普通の人が入りにくくした。そのビジョンが時代のニーズと合致した。当時のお客さまは、入店してわずか10分で「ここからここまで」みたいなラック買いをされたり、一度に1000万円以上買われるお客さまもいらっしゃった。店やイベントに相当お金をかけたことで、お客さまにも喜ばれた。「シャネル」の後も、「フェラーリ」や「ランボルギーニ」、「アウディ」などと一緒にプロモーションを手伝った。その度にセレブもメディアも集まってくれた。リステアは顧客に価値があった。ブランドの方々は、そのお客さまとつながりたいという思いがあった。そこをうまくつなげるのがリステアでありわれわれのビジネスの重要なポイントだった。

―「お客さまを選ぶ」というのは、アンディ・ウォーホル(Andy Warhol)やセレブが集った、ニューヨークの伝説的クラブ「スタジオ54」のようだ。

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最終更新:2019/12/10(火) 18:09
WWD JAPAN.com

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