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派遣法改正で契約打ち切り……サブカル女子が見つけた幸福

2019/12/8(日) 10:03配信

Suits-woman.jp

アーティストにはなれず、一般企業に就職するも……

「高校時代、美術展に出品した作品が、ある会社の教科書に作品が載る……みたいなこととか、よくありました。アーティストになるか、アート系の仕事をするのだと思っていたのです。でもそれと同時に、アートの仕事では食べていけないとも思っていました」

私立の美大に進学し、“アートの仕事をするのは無理だ”と思い始めるようになったそう。

「自分的には、東京藝大は余裕で入れると思っていたのに、もちろんダメ。有名な私立美大も落ち、滑り止めの中でも最下層の学校に入りました。その時には、もうプライドはズタズタですよね。でも、最初の授業を受けたときに、自分は井の中の蛙だと気が付いた。同級生が神レベルに上手かったから」

大学を卒業するまでの4年間、ひたすら努力の毎日でした。

「私は才能が溢れる同級生たちと切磋琢磨しようとしても、同じ土俵に上がれなかった。才能がある、というのは、テクニックではない。“表現したいものがある”ということだと気が付いたんです。だから、表現の道はあきらめようと思ったんです」

新卒で入ったのは商品開発会社でしたが、1年で辞めてしまいます。

「100均とかの、生活雑貨のデザインや開発をしていました。毎日のように上司に怒られ、『だから美大卒は』とか『なってない』とか『常識がない』と言われているうちに、出社できなくなってしまったんです。その上司が丸投げする人で、質問しにいっても『まずは自分で考えろ』と言われ、考えた結果を持って行くと『ダメなんだよ』と一蹴。トラブルが起こると『オマエが何とかしろ』と」

人に恵まれなかったと、貴美子さんは続けます。

「業界の不文律を察して自ら行動しろと言われても、新卒ですからどうしていいかわからない。動いても、動かなくても怒られました。やりたい仕事ではなかったので、1年で限界になり、会社を辞めました。最終的に辞める決心ができたのは、社長面談でかなりやり込められたこと。上司は社長のお気に入りだったんですよ。あの時、かなりのショックを受け、言われたことはほとんど覚えていません」

23歳から、派遣社員としてのキャリアがスタートしました。

「前の会社が社員を“家族”のように考えるところだったから、しばらくは社員になりたくないと思いました。これは男性に限りませんが、同じ釜の飯を食う社員=家族だから、何をしてもいいと思っている人は多い。私はそこに巻き込まれたくなかった」

「作業ができて当たり前」たった一人でスキルを磨く。派遣で働くうちに、考え方も年齢と共に変わっていき……。続編に続きます。

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最終更新:2019/12/8(日) 10:03
Suits-woman.jp

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