ここから本文です

ついにコンビ復活。アンタッチャブル柴田は空白の10年なにをしてたのか?

2019/12/8(日) 15:47配信

女子SPA!

 11月29日に放送された『全力!脱力タイムズ』(フジテレビ系)にて、お笑いコンビ・アンタッチャブルが久しぶりに漫才を披露しました。その空白の期間、実に10年!そんなブランクを物ともしないザキヤマこと山崎弘也のボケ倒しっぷりと冴え渡り続ける柴田英嗣のツッコミ……。

 長い間、沈黙を守ってきたコンビの見事なまでの復活劇に視聴者はもちろん、同業者の芸人たちも大盛り上がり。ツイッターでもトレンドワードに入りし、まさにアンタッチャブル・フィーバーとも言える一夜となりました。

 2004年にM-1グランプリで優勝し、一躍トップ芸人の座に躍り出たアンタッチャブル。しかし、2010年に柴田は突然の芸能活動休業を発表。翌年には活動を再開したものの、以降は相方である山崎との共演は一切ありませんでした。この突然のコンビ復活が為されるまで、柴田は一体何をしていたのでしょうか。改めてその軌跡を追ってみたいと思います。

1年間の活動休止は、えん罪逮捕のためだった

 先にも述べたように、柴田は2010年1月末より1年間、芸能活動を休止しています。この理由について当初は体調不良説が流れていましたが、週刊誌などでは「女性トラブルが原因なのではないか」と報じられていました。2011年に復帰してからも、その理由はなかなか明らかにされず「爆笑問題の田中裕二の前妻の不倫相手が柴田だった」というゴシップまで流れる始末でした。

 柴田が全てを明らかにしたのは、2015年10月9日放送の『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)でのこと。柴田は自ら「実は冤罪で逮捕されていた」と告白したのです。

 その後、スポーツ新聞の取材により詳細が判明。柴田と元カノとの間にトラブルが発生した際、その元カノが柴田の妻から脅迫を受けたと警察に訴えたそうです。これについては身の潔白が証明され、逮捕ではなくあくまでも事情聴取という形だった模様。ただ、これを受けて所属プロダクション・人力舎の社長だった玉川義治氏は柴田に謹慎を申し渡しました。その際に玉川氏は「俺に良い復帰の作戦がある」と柴田には伝えていたそうです。ですが、玉川氏はその2010年の6月に急逝。柴田の謹慎は解かれぬまま、復帰作戦の詳細もわからぬまま、事務所は新体制作りに突入。柴田の謹慎は長期に渡ることになってしまったというわけです。

1/3ページ

最終更新:2019/12/8(日) 15:47
女子SPA!

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事