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【陸上】2011年テグ世界選手権マラソン代表 野尻あずさがラストラン

2019/12/9(月) 21:29配信

ベースボール・マガジン社WEB

 2011年テグ世界選手権女子マラソン代表の野尻あずさ(NicoA’s Running Family)が第一線からの引退を表明。ラストランとして選んださいたま国際マラソンを2時間53分37秒で駆け抜け、12位で競技生活に幕を閉じた。

 レース後の野尻は晴れやかな表情を見せた。
「本当は練習をもっとやって万全で臨みたかったのですが、出し切ることはできました。地元富山で走っているかのように皆さんのエールをもらい、嬉しかったです」
 他のトップランナーとは異なる歩みをたどった異色の選手だ。日本大学時代にはスキーのクロスカントリーでユニバーシアードに2度出場。その後、2008年に26歳で陸上に転向した。翌年には5000mで15分43秒94、ハーフマラソン1時間10分53秒と頭角を現し、2010年の大阪国際女子マラソンでは2時間29分12秒。2011年のロンドンマラソンを2時間25分29秒で走り、11年のテグ世界選手権の代表権を獲得する。陸上を本格的に始めてわすか4年で世界の舞台に立ち、18位に入った。
 ベストタイムは2時間24分57秒。ロンドン五輪出場をかけて挑んだ2012年の大阪国際女子マラソンで出したものだ。この時は5km16分50秒ペースで進む中、中間点を前に先頭集団から離されるも、崩れることなく5km17分台のラップを最後まで維持し、3位(日本人2位)。五輪切符には手が届かなかったが、後半の粘りが印象的なレースだった。

 引退を決めたのは「トップアスリートとして心技体が伴わなくなった」から。練習を詰めてレースに臨むタイプだったが、それに向き合うことが難しくなり決断したと話す。マラソンだけでなく、2020年の富山冬季国体にはふるさと選手としてクロスカントリーに出場予定。地元への「最後の恩返し」をしてアスリートとしての活動に終止符を打つ。「これまで走ったマラソンにはひとつひとつに意味がありますが、時計をつけずに走ったのは今日が初めて。充実感があって楽しかったです」と笑顔で最後のマラソンを振り返った。
 今後は11月に結婚した夫ともに設立した「一般社団法人日本伴走家協会」の理事、「磯野あずさ」として、知的障害や発達障害をもつランナーへのサポート事業に従事する。夫と共に、そして支えるランナーと共にこれからも走り続ける。

文/加藤康博

陸マガ編集部

最終更新:2019/12/9(月) 21:29
ベースボール・マガジン社WEB

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