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山本和行、福間納、中田良弘、池田親興、中西清起、ゲイル&木戸克彦「猛虎フィーバーを支えたバッテリー」/プロ野球20世紀の男たち

2019/12/10(火) 11:05配信

週刊ベースボールONLINE

プロ野球が産声を上げ、当初は“職業野球”と蔑まれながらも、やがて人気スポーツとして不動の地位を獲得した20世紀。躍動した男たちの姿を通して、その軌跡を振り返る。

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先発はコマ不足もリリーフは充実

 阪神の歴史における最大の歓喜は、やはり“猛虎フィーバー”の1985年だろう。2リーグ制となってから唯一の日本一ということもあるが、日本中がタテジマになったわけではないものの、タテジマの虎党が日本中をタテジマに染め上げるかのような勢いで阪神を後押し。21世紀に入ってからも2度の優勝があり、やはり熱狂はあったが、当時の記憶と比べると、どうしても色あせて見えてしまう。

 ある意味、主役はファンだったのかもしれないが、そんなファンに火をつけたのはチーム219本塁打を残した打線で間違いない。投手陣が打たれても、たちまち打ち返せるような雰囲気もあった。とはいえ、完全に“投壊”していたら、あの優勝はなかっただろう。ただ、前年の2ケタ勝利はクローザーの山本和行が唯一で、最終的には通算700試合に登板して100勝100セーブにも到達する左腕の孤軍奮闘といえる状態。先発から“投壊”する恐れもあったことは確かだ。

 救世主となったのが助っ人のゲイルだった。メジャー通算55勝の右腕で、来日1年目から先発の軸を守ってチーム最多の13勝。これで投手陣の計算がしやすくなったのは間違いないだろう。勝ち星でゲイルに続いたのが中田良弘だ。ドラフト1位で81年に入団し、その7月から無傷の18連勝。この85年に記録は途切れたが、それも8月に入ってから。最終的には12勝を挙げて優勝に貢献した。

 前年の先発陣で最多の9勝を挙げた2年目の池田親興も、開幕投手としては結果を残せなかったが、2年連続9勝。西武との日本シリーズでも第1戦(西武)に先発して完封勝利、日本一への流れを作った。83年に13勝を挙げた工藤一彦も6勝で続いたが、主にリリーフ。規定投球回に到達したのはゲイルと池田の2人のみで、6月から先発の一角を担った中田は、わずかに届いていない。先発の“三本柱”ではライバルの巨人に迫力で及ばないことも間違いないが、その一方で、リリーバーは充実していた。

 セットアッパーとして“陰のMVP”と言われたのが福間納。ドラフト1位で79年にロッテへ入団、すぐにヒジを故障し、活躍できないまま81年シーズン途中に阪神へ移籍してきた左腕だ。その後、懸垂でヒジを伸ばしながら鍛えたことで痛みがなくなり、中継ぎとしての調整法を身につけたことで開花。83年にはリーグ最多の69試合に登板して規定投球回にも到達、防御率2.62で最優秀防御率に。翌84年もリーグ最多の77試合に投げまくった。迎えた85年も58試合で8勝1セーブ。うち4試合で先発し、投球回も100イニングを超えた。

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最終更新:2019/12/10(火) 11:05
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