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タイトルを獲る活躍も…FA人的補償選手の歴史と一覧、移籍初年度成績と通算成績は?【第1回】

2019/12/11(水) 11:24配信

ベースボールチャンネル

 国内フリーエージェント(FA)権を行使した選手らの去就が決定し、ひとまずの落ち着きを見せるプロ野球界。各球団で助っ人を含め来季に向けての編成が進んでいるが、忘れてはならないのが、FA人的補償選手だ。

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 今年は、Bランクに相当すると見られている元千葉ロッテマリーンズの鈴木大地内野手と元東北楽天ゴールデンイーグルスの美馬学投手が入れ替わる形で移籍した。今後は、楽天とロッテが互いにどの選手を人的補償として指名するか、プロテクトリスト予想を含めて注目が集まっている。

 今回から全3回に分けて、これまでFA人的補償によって移籍した選手が、新天地でどのような活躍をみせたかを振り返る。第1回は、人的補償制度を開始して最初の10人だ。

投手

 プロ野球史上初めて人的補償で移籍したのが、河野博文の補償で巨人から日本ハムへと移った川邉忠義だ。川邉は、移籍初年度に17試合に登板したが、翌年以降1軍登板はなかった。

 2001年オフに移籍したユウキ(近鉄→オリックス)は、初年度に3完投、2完封を含む7勝を挙げ、抜群の安定感を見せた、オリックスでは、リリーフ起用も含めて4年間で71試合に登板する活躍だった。

 また、工藤公康(現ソフトバンク監督)もプロ25年目のオフに人的補償選手として移籍。横浜ベイスターズ(現DeNA)では、1年目に7勝を挙げ、3年目にはリリーフとして46試合に登板した。

野手

 野手では、2005年オフに、広島と巨人でスラッガーとして鳴らした江藤智が移籍(巨人→西武)。移籍後はシーズン最高7本塁打と衰えを隠せなかったが、若手中心のチームの中で存在感を発揮。通算350号、通算1000打点を西武で達成し、2008年にはチームの日本一にも貢献した。

 2007年オフに移籍した赤松と福地はともに転機となった。赤松は、自慢の走塁や足を生かした守備を武器に活躍。来季からは広島でコーチを務める。福地は、ヤクルトに移籍した初年度に打率.320、9本塁打、61打点とキャリアハイの活躍。さらに同年から翌年にかけて2年連続で盗塁王のタイトルも獲得している。引退後もヤクルトでコーチを務めており、人的移籍で野球人生が大きく変わった選手の一人と言えるだろう。

ベースボールチャンネル編集部

最終更新:2019/12/11(水) 12:52
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