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津野浩、西崎幸広、松浦宏明、河野博文、金石昭人、島崎毅、下柳剛、岩本勉&グロス「パ・リーグ黄金時代。日本ハム90年代の投手陣」/プロ野球20世紀の男たち

2019/12/16(月) 11:05配信

週刊ベースボールONLINE

プロ野球が産声を上げ、当初は“職業野球”と蔑まれながらも、やがて人気スポーツとして不動の地位を獲得した20世紀。躍動した男たちの姿を通して、その軌跡を振り返る。

西崎幸広&阿波野秀幸 切磋琢磨した“トレンディ・ーエース”/プロ野球1980年代の名選手

トレンディー・エースvs.原人のゲンちゃん

 かつては「人気のセ、実力のパ」と言われていた。パ・リーグを揶揄した言葉ではない。だが、実力はあっても人気が伴わないのは、パ・リーグの実情でもあった。ただ、それも1980年代に入ってから、じわじわと傾向が変わってくる。西武の渡辺久信に南海の加藤伸一、そして日本ハムの津野浩が、当時の若者らしいファッションと甘いマスクの“19歳トリオ”として人気を集めたのが84年。近鉄の阿波野秀幸とともに、日本ハムの西崎幸広が“トレンディー・エース”と騒がれたのは87年のことだった。

 渡辺がいた西武は黄金時代を謳歌し、阿波野の近鉄も88年、いわゆる“10.19”で注目を集め、翌89年にリーグ制覇。90年代に入ると近鉄の野茂英雄、オリックスのイチローら破格の男たちが活躍し、人気と実力を兼ね備えるようになっていく。低迷を続けた南海はダイエーとなったが、99年に初の日本一。“10.19”でヒールとなったロッテも千葉へ移転し、じわじわとファンを獲得していった。

 まさに“パ・リーグ黄金時代”。そんな中、優勝とは無縁で、移転などのエポックもなかった“東京”日本ハムたが、やけに元気だった印象がある。温暖なイメージを喚起する明るいオレンジ色のユニフォームだけで、そう見えていたわけではないだろう。

 右腕の津野は2度の2ケタ勝利を残して広島へ移籍。1年目の87年に15勝を挙げた同じく右腕の西崎は、翌88年にも15勝で最多勝に輝くなど、5年連続を含む7度の2ケタ勝利、移籍した西武でもクローザーとして活躍を続けた。その88年に西崎、そして西武の渡辺と最多勝を分け合ったのが松浦宏明。87年には救援のマウンドに立つとチームが逆転勝利を収めることが続いて“逆転のマツ”と呼ばれ、迎えた88年に先発へ回ってのタイトルだった。ドラフト外の投手としては初の快挙でもある。

 その88年に入団した右腕の武田一浩については、すでに紹介した。同じく88年に防御率2.38で最優秀防御率に輝いたのが河野博文だ。武田と同じくドラフト1位で、武田の3年前となる85年に入団した左腕。「原人に似ている」と“ゲンちゃん”と呼ばれるなど、甘いマスクやトレンディーとは一線を画したナイスガイで、アキレス腱を断裂した90年にはリハビリに専念できるよう任意引退とされ、それをクビと勘違いして失意の失踪、大騒ぎになったこともあった。

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最終更新:2019/12/16(月) 12:18
週刊ベースボールONLINE

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