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初マラソンで新記録、五輪選出が波瀾万丈な人生の始まり

2019/12/16(月) 10:42配信

日経ARIA

オリンピックというひのき舞台で輝いたスポーツ界のヒロインたちの「その後」は、意外に知られていません。競技者人生がカセットテープのA面だとすれば、引退後の人生はB面。私たちの記憶に残るオリンピアンたちの栄光と挫折に、ジャーナリストの吉井妙子さんが迫ります。

【関連画像】「人生のターニングポイントになったのが、20歳で出場した大阪国際女子マラソン。48歳の今も各地のマラソン大会にゲストランナーとして声をかけていただけるのは、あの大会があったからこそです」

(上)初マラソンで新記録、五輪選出が波瀾万丈な人生の始まり ←今回はココ

(下)五輪で惨敗…でも、マラソンとは離れられない私の人生

●ヤクルトレディ、生保レディ…引退後は色々な仕事をした

―― バルセロナ五輪女子マラソンの代表選考を兼ねた大阪国際女子マラソン(1992年1月)で、当時の日本最高記録を樹立した小鴨由水さんは「陸上界のシンデレラ」と大きな注目を浴びました。しかし、五輪に出場した翌1993年に21歳で引退。その後の人生はまさに波瀾(はらん)万丈でしたね。でも今、表情がとても穏やかです。

小鴨由水さん(以下、敬称略) 他人から見れば波瀾万丈に見えるかもしれませんが、目の前に突き付けられた現実をクリアするのに無我夢中だったこともあり、自分では苦労してきたという思いは全くないんですよ。それに自分で決断し行動してきたことなので、人生に後ろ向きになったことは1度もないですね(笑)。

 引退後はいろいろな仕事をやりました。実家のある兵庫県明石市から福岡市に居を移し、デパートの店員、障害者スポーツセンターの運動指導員、ヤクルトレディ、生保レディなどを経験し、今は生命保険会社の代理店を経営しながら、障害児を放課後にあずかる「放課後デイサービス」や、知的障害児のマラソン教室「かものこクラブ」の運営、そして西日本短期大学で特別講師もやっています。

 私生活では26歳で結婚して二人の息子を授かったのですが、14年後に離婚。その2年後に元夫が急死してしまいました。

初マラソンで予想外の優勝、人生が激変

小鴨 元夫とは離婚後もパートナーとして支え合ってきたので、なかなか現実を受け入れられず……。でも食べ盛りの息子が二人いたので、稼がなきゃいけない(笑)。そして2019年春には福岡市議選にも立候補しました。長年、障害児に関わってきた経験を政治に生かしたいと考えたのですが、力及ばす落選です。

 今、48歳ですが、改めて自分の人生を振り返ってみると、やはり大きなターニングポイントになったのが、20歳で出場した大阪国際女子マラソンですね。そこで優勝してバルセロナ五輪に出場できたし、現在も各地のマラソン大会にゲストランナーとして声をかけていただけるのは、あの大会があったからこそ。

―― 1992年1月の大阪国際女子マラソンで、いきなり小鴨さんが優勝した時、「誰?」と思いました。

小鴨 そうでしょうね。私だって「私が優勝?」とびっくりしたくらいですから。あの大会には、当時世界記録保持者のイングリッド・クリスチャンセン(ノルウェー)さんやソウル五輪銅メダリストのカトリン・ドーレ(ドイツ)さん、浅利純子さん、松野明美さん、増田明美さんなど国内外の強豪選手が大勢エントリーしていたし、バルセロナ五輪の選考レースでもあったので、大きな注目を集めていたと思います。

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最終更新:2019/12/16(月) 10:42
日経ARIA

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